大ベストセラー『窓際のトットちゃん』で、自身の半生を記した黒柳徹子さんが、今度はいままでであった人たちの言葉を紡いで、自分の人生を振り返ります。
出会った人たちは、私たちもよく知っている人ばかり。向田邦子さん、渥美清さん、沢村貞子さん。
黒柳さんを励ました言葉は、読んでいる私も励ましてくれた。沢村貞子さんは、いまもその料理がNHKのテレビで番組として紹介されるほどの料理通。沢村さんからもらった言葉は「人間ってね、一生懸命やると、後悔しないものなのよ」
この言葉はよくわかる。仕事では特にそうで、やれるだけやったことは、あとは野となれ山となれの気持ちになれるのだ。
黒柳さんが沢村貞子さんに「どうして、そんなにお料理が上手くなったの?」と聞いたときのこたえは、おつれあいさんへの体を思ってのことと、戦前刑務所に入っていたとき、差し入れる新聞や雑誌はすべて検閲で切り取られ、自分の手元まできたのはお料理の記事くらいだったという。だから熱心に繰り返し読んで想像でお料理していたら、釈放された時にはいっぱしの料理上手になってたわよ、と。
-
『トットあした』(黒柳徹子)新潮社
-
【書籍レビュー】われらの牧野富太郎!牧野本初心者にオススメするならこの本-いとうせいこう 監修/毎日新聞出版
朝ドラ「らんまん」
あと少しで最終回を迎える今期の朝ドラ「らんまん」。野の花好き、山歩き好きなら、なおのこと楽しめる朝ドラにすっかりはまっています。
朝ドラをご覧になっていない方に、牧野富太郎氏を簡単にご紹介すると、小さいときから植物好き、独学で植物の知識を身につけ、高知から東京に上京した折に、東京大学理学部植物学教室に出入りを許されます。植物分類学の研究にいそしみ、日本植物分類学の基礎を築いた一人とされています。全国からの要望に応じて各地を巡り、植物を知ることの大切さを一般に広く伝え、植物知識の普及につとめたことで、たくさんの人から名を知られるようになった人物です。(高知県立牧野植物園プロフィール参考)
われらの牧野富太郎!
朝ドラに限らずですが、ドラマ化されたら書店には関連書籍が並びます。牧野富太郎特集コーナーでも、自伝から図鑑、画集、小説など様々な本を目にするようになりました。
ドラマをきっかけに本を探すとき、牧野富太郎博士自身を知りたいのか、植物を知りたいのか、どの本から読もうか迷ったときに、まずオススメしたいのが本書『われらの牧野富太郎!』です。
「牧野マニア」である、いとうせいこう氏が全体の監修を行っており、カバーイラストはあの高野文子さん!(のびやかでやわらかな線で描く漫画はどれも最高!)
植物色のグリーンでまとめられた本書をぺらりめくってみると、「雑草という名の草は無い」という言葉が迎えてくれ、牧野博士ヒストリーが語られます。次は、牧野博士がよく行っていた、植物採集。博士の故郷である佐川での植物採集が写真たっぷりで紹介されます。ここではプランツ・パーティと称して、自然さえあればどこでもできる催しです。牧野博士は「植物を学ぶのであえば、交流を広げなさい」と言ったそうです。たしかに、好きなものが同じ仲間たちと、自然を歩き、おいしいものを食べ、知らないことを知っていくのは、最高の娯楽ではありませんか。プランツ・パーティに参加している人たちの笑顔がそれを証明しています。
朝ドラの脚本家である長田郁恵さんも登場し、いとうせいこうさんと「らんまん人生」を語りつくします。いままでの朝ドラの多くは、主人公が成長し、なにかを達成することが多いですが、「らんまん」では、周囲の人たちも深く描かれ、最初は悪役かと思った田邊教授にすら、心が動かされました。
長田さんは「植物と人間を結びつけるということが、このドラマにおける出発点です」と語られます。「そこを出発点にして、次々に植物との出会いが人との出会いにつながっていく(中略)だから出会うことの積み重ねなんですよね。植物好きっていうと、どこかのんびりと平穏なイメージで捉えられがちですけれど、そうではなく、本来は積極的に出会いにこちらから行くことを繰り返すことだったんです」
たしかに、ドラマでも主人公の槙野万太郎の出会うところには植物があります。人との出会いによって、多額の借金があるときも、手を差し伸べてくれる人と出会っているんですね。
本書も、牧野博士だけでなく、現代の牧野植物園に関わる人たち、実際に牧野博士と交流のあった人、身内の方など、たくさんの人たちがうれしそうに牧野博士との出会いを教えてくれます。
植物好きの人たちがつくっているからこそ伝わる「熱」があるからこそ、オススメです。
【われらの牧野富太郎!】
出版社:毎日新聞出版
価格:2,420 円(税込)
ISBN:978-4-620-32765-5
刊行日:2023/3/13
著者:いとうせいこう
公式サイト:われらの牧野富太郎! -
山本まつよ先生のこと
126 心に残ること
今年は雪が多く、除雪しないと移動がままなりません。
使っていない筋肉を使うので、腰痛が頻発しています。腰痛はつらいので、楽しい気持ちになりたくて絵本を読みます。
子ども3人育てているときに読んできた絵本を眺めていると、読んでいた時
の子どもたちの様子が思い出されます。
子どもの本を選ぶとき、ひとつの指針は子ども文庫の会が発行している「子
どもと本」でした。はじめての子どもを出産し、病院のベッドにいるとき、「童話屋」(現在、
書店は閉店)さんに連絡して毎月絵本を送ってもらうことにしました。はじめ
に届いた絵本は『おおきなかぶ』でした。佐藤忠良さんの絵や彫刻が大好きだ
ったので、とても嬉しく、生まれたばかりの赤ちゃんに読んで聞かせたことを
覚えています。当時渋谷にあった「童話屋」さんに何度かうかがったこともあり、その時気
になったのが「子どもと本」でした。なにやら小さい冊子に小さい文字が書か
れている表紙で、難しそうにも感じました。「童話屋」の方に、その冊子が気
になることをお伝えすると、いつかお勧めしようと思っていたんですといわれ
たので、毎月の絵本と一緒に、数冊ずつ入れてもらうことにしました。その冊子には子どもの本に対する愛情がみっしりつまっていて、最初に読ん
だ時から夢中になりました。ここには大事なことが書かれているとわかりまし
た。それからは、最新号と共に、バックナンバーを読むのが楽しくてしようが
ありませんでした。気になった本は、一緒に送ってもらうようにもしました。3人目の子どもが生まれたとき、フルタイムの仕事を辞め、時間ができたの
で、念願の子ども文庫の会の初級セミナーに通うことにしました。
行き帰り半日ほどかかるので、その時間に読む本をたんまりスーツケースに
入れて通いました。セミナーに参加されている方に「日帰りなのに大きな荷物をかかえて来られ
るのね」といわれたとき、私がこたえる前に、山本まつよ先生は「だって、行
き帰りの時間でたっぷり本が読めるものね」と代弁してくださり、わかってく
ださっていると嬉しくなりました。セミナーが行われる部屋は通路ぎっしりに本が積まれていました。トイレに
までもです。本の背表紙をみながら、狭いトンネルのような通路を通り、セミ
ナーの机に集まるときはいつもわくわくしました。もっとも印象に残っているのは、アイルランド童話集「隊を組んで歩く妖精
達」(イエイツ編 山宮允訳 岩波文庫)を山本先生が朗読してくださった時
間です。
「ティーグ・オケインと妖精達」は朗読すると30分以上かかるお話しです。
ゆっくり静かに読まれる語り口に引き込まれました。おおげさに誇張するこ
ともなく淡々と読まれる物語は、ひとりの若者が幸福な生き方をするまでのこ
とがらが紡がれています。愉快に好き放題に暮らしていた若者ティーグ・オケ
インがひょんなことから妖精達と関わり合ったことで、生き方に変化をもたら
すのです。読んでくださったあと、とても幸福な気持ちを味わいました。ティーグ・オ
ケインが感じた幸福が伝わってきたのです。山本先生の朗読は物語の深いとこ
ろを余すことなく伝えてくれました。私は自分が感じた気持ちを他の人にも伝えたいと思い、何人かの大人に同じ
ように読んでみました。大人になってから人に本を読んでもらうなんてとはじ
めは少し怪訝そうにした方も、読み進めていき物語にうねりがみえてからは夢
中になって聞いているのが伝わってきます。そして物語を最後まできいた後は、
とても満足そうでした。
心の深いところで楽しいと感じられることほど幸福なことはありません。山本先生はよく大きな石の指輪をされていました。きれいで見とれてしまい、
「すてきな指輪ですね」というと、「こういうきれいな大きいのをつけていると
子どもたちが喜ぶのよ」と嬉しそうに教えてくださいました。先日、ある小中学生のアートワークショップのボランティアに参加しました。
色水をつくるワークショップで、私も子どもたちと一緒に色水づくりを体験し、
黄緑色をつくりました。すると、はじめてあう子どもたちでしたが「その色、
いま着ているセーターによくあっているね。イメージカラーみたい」と言って
くれたのです。きれいな色のセーターを選んでよかったと思いました。そして
山本先生の指輪のことを思い出していたのです。2月に入って届いた168号の「子どもと本」で山本先生の訃報を知りました。
子ども文庫の会のHPでは昨年の訃報がすぐ出ていたようなのですが、ここ数
年、家でパソコンをさわる時間がめっきり減ってしまい、全く知らず、いつも
のようにわくわくしながら封筒から冊子を取り出し、表紙を読んでびっくりし
たのでした。168号の「子どもと本」ではゆかりのある方々の追悼文が掲載され、ひとつ
読むごとに、胸があつくなりました。山本先生は多くのことを残してくださいました。
青木祥子さんが表紙に書かれていますように、山本先生にみせていただいた
「本の中の人、動物、風景、雰囲気、言葉などなど――」は「それを朗読して
いたその声とともにわたしたちの心の中に残していった」のです。2006年に刊行した山本先生の訳書に『ラーマーヤナ』(エリザベス・シンガ
ー作 子ども文庫の会)があります。豊かな叙事詩であるこの本は、どの年代
の子どもでも読めるように総ルビです。
読み終わったあとの楽しい気持ちに思わず山本先生に電話して感想をお伝え
しました。先生も嬉しそうに応じてくださり、この本を手にするたびにその時
のことを思い出します。「子どもと本」はこれからも青木祥子さんが続けてくださいますので、変わら
ず「次の号」を楽しみに待つことができます。私もこれまでと変わらず子どもの本を楽しみ、その楽しみを伝えていきたい
と思います。 -
『みんな みんな すてきな からだ』他
125 自分を大事にする
2022年。年が明けました。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。1月10日は成人の日。
感染症がじわりじわりと広がっている中ではありますが、
新成人のみなさま、おめでとうございます。
しんどいことも楽しいこともひっくるめて、おもしろい未来を体験できます
ように。さて、最初に紹介する絵本はこちら。
『みんな みんな すてきな からだ』
タイラー・フェーダー さく すぎもとえみ 訳 汐文社表紙には女性、男性、赤ちゃんと、いろんな年代の人が水着姿で描かれてい
ます。
どの表情もエネルギーを感じられ、体はあざがあったり、まだらだったり、
体毛がたっぷりあったり、それぞれ多様です。表題の「みんなみんなすてきなからだ」は、自分や他人のからだを尊重する
社会をめざす合い言葉」と解説にあります。
お互いに尊重しあう社会って、とってもすてきだと思いませんか。ページを繰ると、どのページにもいろんな「みんな」がいます。
モデルのような美しい体にあこがれることもあるけれど、自分はそうじゃな
いと否定しなくてもいいのですものね。
でもでも、映像でみえてくる美しさについつい惹かれて、それに近づきたく
なる欲求がでることもあります。ただ、それはいまの自分を少しだけ残念に思
うことにもなるので、そんな時はまずは自分を丸ごと受け止めるのも大事。小さい人も大人もこの絵本を読んで、自分も他人もみんなすてきな体をもっ
ていることに、あらためて気づけるのではないでしょうか。からだつながりで次に紹介するのは
『中絶がわかる本』
(ロビン・スティーブンソン 塚原久美 訳 福田和子 解説
北原みのり 監修 アジュマブックス)小さいこどもから、ティーン向けににフィクション、ノンフィクションを書
いている作家によるもので、本書はノンフィクション。カナダ、ブリティッシ
ュコロンビア州における最高の児童文学賞も受賞しているティーンエイジャー
向けの性教育と人権の本です。こちらも、先に紹介した絵本のように、表紙の女性達の眼差しが印象的です。
日本において、避妊の知識、性と生殖の権利(リプロダクティブ・ライツ)
については、まだ広がりが弱いのかもしれません。若い人たちも、なかなか自
分達の性について語るタイミングも見つからないのかもしれません。そういう時、本はひとりで読めるので知識を得るにはとてもいいツールです。
自分の身体についての権利を知るということは、自分の自由につながります。
性教育? 人権? なんだか難しそうと感じる方もいらっしゃるでしょうか。
読むと、これは自由について書かれているのだと腑に落ちると思います。中絶についての歴史にはじまり、先人たちが獲得してきた人権について、女
性だけでなく、男性にも知って欲しい。
権利はだまって自分についてくるものではなく、闘って得てきた歴史がある
のですから、それは知りたいことです。読了後、まずは一緒に暮らしている娘にすすめました。
以前ご紹介した感染症と人類の歴史全3巻の残り2巻も刊行されました。
『感染症と人類の歴史 治療と歴史』
『感染症と人類の歴史 公衆衛生』池田光穂 監修 おおつかのりこ 文 合田洋介 絵 文研出版
今回も本の中で、読者に歴史などを案内してくれるのは、九尾のキツネ。
時空をとびまわり、各地のいろいろな時代へと誘ってくれます。歴史を知ることは、いまを知ること。
感染症に必要以上に恐れをもたず、知識をもってするべき行動をとれるよう
にすることです。研究を重ねて治療法を獲得してきた道を知り、その道のりに
興味をもつことは、未来につながるように思います。「治療と歴史」では、原始時代からはじまります。体の具合が悪いときに、
痛む場所に手をあててなでたり、おしたり、そういうところから、今度は、食
べると具合をよくする植物を見つけたり、動物の血や角、石、貝殻などの中に
体にいいことを学んでいったそうです。平安時代、日本でもっとも古い医学書といわれている『医心方』に書かれて
いる治療法も興味をひきました。
例えば養生法(健康法)。「朝おきたとき、つべこべいってはいけない」
なるほど、これは今でもつかえそうです。一読している間、そうなんだ、そうなんだといま治療できている感染症につ
いて、先人の方々による科学の力にあらためて感じ入りました。
「公衆衛生」では、人が生きていくために大事な健康的なくらしについて書
かれています。ひとりひとり個人だけではなく、社会全体が健康になることを目指す。その
しくみが「公衆衛生」です。それでも基本はひとりひとりの行動。
コロナの拡大をみていても、それは十分納得できます。巻末には「感染症」と子どもの本も22冊紹介されています。
感染症がテーマになっている本だけではなく、物語の時代背景として感染症
が描かれているものもあります。
『アンネの日記』が紹介されているのは、アンネの死は、衛生状態の悪い強
制収容所で発生したチフスによるものだからです。最後に現在最新刊が刊行されている福音館書店の「こどものとも」2月号を
ご紹介します。「オトシブミのふむふむくん」
おのりえん 文 秋山あゆ子 絵お正月の楽しみである年賀状も年々売上がさがっていると聞きますが、1度
にたくさんの賀状を書くのは大変でも、懐かしい人からもらえる一文添えの葉
書はうれしいものです。1992年に創刊された月刊誌「おおきなポケット」(2011年に休刊)で「虫づ
くし」を連載していた秋山あゆ子さん。その連載をもとに、おのりえんさんが
物語を紡ぎます。手紙のすきなオトシブミのふむふむくんが書いた手紙が、同じく手紙のすき
なオトシブミのふみふみさんに届きました。ふたりの文通がはじまります。細かく書かれた虫たちの年中行事の愛おしさがたまりません。
宝物の一冊になりました。
-
『いなばのしろうさぎ』他
125 とびきりきれいなもの
きれいな絵本が届きました。
岩崎書店「日本の神話えほん」シリーズの『いなばのしろうさぎ』です。ふしみみさをさんが文章を書き、ポール・コックスさんが絵を描いている
シリーズ絵本。ポール・コックスさんは、現在板橋区立美術館で展覧会も開催されています。
コロナ禍になって以来、とんと東京が外国なみに遠くなってしまいました。それはさておき、絵本です。
ポール・コックスさんのファンにとって、新作絵本が出るたびに驚かされる
斬新な表現はたまらないものがあると思います。今回もそうでした。
日本的な「和」の雰囲気をもちつつ、無国籍の空気もまとっている。
近しさと遠さの融合があるんです。表紙に描かれている、しろうさぎの目をみてください。
「ほら、早くページを繰りなさいよ」といっている目。
開いてからは、すっかり古事記ワールドに入りこみます。
どのページも赤の色が印象的におかれ、
ダイナミックな構図で絵と文章が両輪で動いています。ふしみさんは、古事記を読み込み、神様達の人間臭さを感じ取り、破天荒
さと原始的な部分に惹きこまれていったそうです。ポールさんの古事記リサーチも念入りでした。俵屋宗達、北斎など、ポー
ルさんが敬愛する日本の画家たちの作品を大量に模写し、テクニックを試し、
日本の古い服装を丁寧にスケッチし、そういうものを全て自分におとしこん
だ上で描いた絵なのです。おふたりの真摯な仕事の結果としてできあがった絵本は、すばらしい芸術
作品となり、小さい子どもも、大人も心から楽しめるものになっています。そういえば、子どもが小さい時に読んだ『古事記物語』(原書房)があっ
たなと本棚を探して、久しぶりに、鈴木三重吉のものを取り出しました。その本には、長男が小学3年生の時に読んだ感想文がはさまれていました。
学校に提出したものではなさそうで、読んだあとに、A4のコピー用紙に書い
たようです。紹介させてください。
『古事記物語』ぜんぶ
この物語には、“きぼう””わらい””歌”があります。神たちは、もとも
と人間でした。「女神の死」というのが一ばん大人の話にそくりでした。さい
後のが“神”が生まれておもしろうだと思いました。そしていろいろな神がみ
がいろいろなことをして日本ができたと思いました。「天の岩屋」それもおもしろいです。この話は天照大神と二番めの弟さまの月
読命と言う話です。つまりこのお話しは災いが一どきに起こってきます。さい
後は、そのまま下界へおいでになります。という話です。「八俣の大蛇」というだいじゃの話です。この話は、須佐之男命は大空から追
いおろされて、出雲の国の肥の河の河上の鳥髪というところにいくお話しです。
さいごのところは、大国主神、またの名を大穴牟遅神とおっしゃるりっぱな神
さまがお生まれになったという話です。
このお話しは、大人の話みたいでした。
さいしょのお話しはたいくつだっただけで、だんだんおもしろくなってきました。鈴木三重吉が大正時代に再話した本書は、子どもが読むには難しい言葉もあ
あるのですが、全ルビだったので読めたのでしょうね。大人の話を読んでいる
ような気持ちになったのがうれしかったみたいです。さて、現代の物語もご紹介いたします。
『マイロのスケッチブック』鈴木出版
マット・デ・ラ・ペーニャ作 クリスチャン・ロビンソン 絵
石津ちひろ 役『おばあちゃんとバスにのって』(鈴木出版)でニューベリー賞、コールデ
コット賞オナーを受賞しています。その後に鈴木出版から刊行されている『カ
ルメラのねがい』も同コンビ。本書はコンビ第3作目にあたります。マイロはスケッチブックをもって、お姉ちゃんと一緒に電車に乗ります。
電車に乗っている人たちの生活を想像しながら、マイロは絵を描きます。
描くたびにお姉ちゃんに見てもらおうとするのですが、しっかりは見てもら
えません。マイロたちはどこへ向かっているのでしょう。出かけることは、嬉しいことでもあり緊張することでもあり、その気持ちを
落ち着かせるためにもマイロは絵を描いているようです。マイロは描きながら、自分はどう見られているのかなとも考えます。
人はどうしたって、見かけではわからないことばかり。
どんな生活をしているのか、どんな家族がいるのか。最後のページまで読むと、マイロたちがどこへ誰に会いにいったかがわかり、
ふたりの緊張の理由がみえてきます。『タフィー』(サラ・クロッサン 作 三辺律子 訳 岩波書店)も緊張感
ある物語です。岩波書店のスタンプ・ブックシリーズ。
サラ・クロッサンは散文詩で物語を紡ぎます。父親からの暴力を、なんとかしのげば、本当は自分を大事にしてくれる、だ
って娘なのだからと思うアリソン。
しかし暴力は痛く辛く、体も心も蝕まれます。
アリソンは逃げます。
まだ学生でお金すらもっていないアリソンはどこに安寧の場所があるのでし
ょう。最後まで緊張は続きますが、光もあります。
読んでください。—
今回が2021年最後の記事になります。
いつも辛抱強く待ってくださる原口さんに感謝いたします。みなさま、1年間読んでくださりありがとうございます。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。
-
『きょうはだめでもあしたはきっと』他
124 心を軽くする、ぐるぐる動かす
コロナ禍でリアルに人と話すのは家族がメインになっていき、SNSやLINEな
どツールはいろいろ増えているけれど、本を読むということも、物語と会話す
るようなものに思えています。
とはいえ、様々な制限が解かれてきているので、直接のやりとりも増えてき
ているのはうれしいことです。『きょうはだめでもあしたはきっと』
ルチア・スクデーリ さく なかむら りり やく 春陽堂書店・山烋第27回いたばし国際絵本翻訳大賞イタリア語部門最優秀翻訳大賞受賞作絵本。
タイトルがすてきです。
きょうはだめでもあしたはきっと、このタイトルを読んだだけで体の中から
元気玉が飛び出してきそうではありませんか。さて、どんなお話かというと。
砂漠にあらわれた見慣れない生きもの。
あなたはだれ?と問われると、生きもの自身は羽があるので鳥だと自覚して
いるのですが、素直に鳥と答えられない。羽はあっても飛べないからです。謎の生きものは周りから鳥だと思ってほしいものの、飛べないことは知られ
たくない。鳥らしくないことをなかなかいえないでいる姿がユーモラスに描か
れます。迎えるラストでは、地面の上で生きものたちがあれやこれやと交わり、天の
お空ももりあがりに一役かうのですが、どんな風なのかは読んでのお楽しみ。1回目より、2回目、3回目の方が心に入ってきます。
ぜひぜひ何回も読んでみてください。『もりにきたのは』
サンドラ・ディークマン 作 牟禮あゆみ 訳 春陽堂書店・山烋先に紹介した絵本はイタリア語部門の最優秀翻訳大賞受賞作で、こちらは英
語部門の大賞受賞作。鮮やかな発色で描かれる動物たちが目を引きます。
イタリア語部門とおもしろい共通点があり、今度は森に見慣れない白い生き
ものがやってきたのです。最初に見つけたのはカラス。白い生きものの鋭い目つきが怖くて、森の動物たちは近づけません。
大きな白い生きものは、森の中を歩きまわって、葉っぱ集めをしています。
どうして葉っぱを集めているのでしょう。森にやってきたこと、葉っぱを集めること、理由がわかってくると、鋭い目
から見えているであろうものに思いを馳せました。森の美しさを描きながら、海も感じさせる絵本です。
『ぼくの! わたしの! いや、おれの!』
アヌスカ・アレプス さく ふしみ みさを やく BL出版5月に刊行された『くさをたべすぎたロバくん』の作者による新作絵本。
とはいえ、原書としては、本書がデビュー絵本。
日本での刊行は後になっています。アレプスの絵は、すこーしレオ・レオニの雰囲気があります。
くりっとした動物の目に表情が豊かで、何かおもしろいことが起きそうな雰
囲気がページをめくる楽しみを誘います。お話はくだもの大好きなゾウたちが、木の高いところにあるくだものをとる
ために四苦八苦し、最終的にどうしたでしょう、というもの。やわらかい中間色で描かれたジャングルの中で、ゾウたちが心地よさそうに
しているのをみるのは、みているこちらも安らぎます。彼らのくだものに対す
る食い意地も愛らしい。
おいしいものを食べるのは幸福ですから、ゾウたちが幸せそうなのもさもあ
らん。ゾウたちのように、おいしいくだものを食べたくなってきます。
最後にご紹介するのは、マット・ヘイグの読み物。
ここのところ、マット・ヘイグの作品を読み続けているのですが、読むたび
に、運動後に体がほぐれたような心地よさがあり、追っかけファンになってい
ます。『ほんとうの友だちさがし』
マット・ヘイグ 文 クリス・モルド 絵 杉本詠実 訳 西村書店アーダには妖精の友だちがいます。ほんとうのことしか言えない特別な妖精
と一緒にいることは、自分らしくいられることなのでとても幸せでした。ところが、学校に通い始めると、アーダのふつうが、周りのふつうではなく
なり、妖精といることもからかいの対象になってしまいます。妖精とだけいればいいのかしら。それはそれで幸せ。
でも、アーダは人間の友だちも欲しくなり……。自分の子どもたちをみても、いつも友だちを求めていました。それもただの
友だちではなく「ほんとうの」友だちを。いったい何が「ほんとうの」なので
しょう。たくさんの友だちがいることはハッピーなことなのか。少し深いテーマを、
マット・ヘイグは子どもの心に届く言葉でまっすぐ差し出します。そして、クリス・モルドのユニークでキュートな絵は、アーダや妖精への親
しみを湧かせます。読後感は、やっぱり友だちっていいなってこと。
マット・ヘイグの物語には「ほんとうの」ことが書かれています。 -
『子どもを守る言葉 『同意』って何? YES, NOは自分が決める!』他
123 子どもを守る言葉 自分が決めるということ
作者は自分の子どもに「同意」を教えたくてつくった本をご紹介します。
『子どもを守る言葉 『同意』って何?
YES, NOは自分が決める!』
レイチェル・ブライアン 作 中井はるの 訳 集英社何事も相手や周りの同意を得て進めていきましょう、なんていう言葉は社会
人にはなじみがありすぎて、そうすることに意識もしなくなっていました。子どもの頃だと、大人のいうことは聞かなくちゃいけないという前提のもと、
顔色をうかがうことも、お行儀のひとつとすり込まれて育った子どもも一定数
はいたでしょう。けれど、自分の「嫌」を伝えるということがとても大事だということが、少
しずつ世の中に浸透してきているように感じています。この本では、自分だけでなく、相手のためにも自分の意志を伝えることがい
かに大切かということが8つの章立てで、イラストも多くつかって伝えてくれ
ています。むりやりに相手から「いいよ」を引き出してもそれはYESではないこと。
YESといってしまっても、後から自分の本当の気持ちに気づいてNOということ。なんとなくわかっていても、ちゃんと知っておくべきことが簡潔に書かれて
いて、子どもだけでなく大人にも読んでほしいと思いました。巻末には、SNSでのトラブルから、具体的な暴力やイジメに対処するときの
相談窓口も掲載されており、かなりの実用書のつくりです。『夢のビッグ・アイデア カマラ・ハリスの子ども時代』
ミーナ・ハリス 文 アナ・R・コンザレス 絵 増田ユリヤ訳 西村書店アメリカ副大統領となったカマラ・ハリスとカマラの妹、マヤの子ども時代
の話を元に、彼女らの姪にあたるミーナ・ハリスが書いたお話です。カマラとマヤが住んでいたマンションには中庭がありました。でも遊具はな
にもなく、姉妹は中庭が遊び場になればすてきじゃないかと考えます。母親に相談すると家主さんに聞かなくちゃねといわれ、二人は家主さんにお
願いに行きますが、望んだ返事はもらえません。そこで、どうすれば遊び場が
つくれるか、よくよく考え、考えたことをひとつずつ行動にうつします。会社や学校で与えられた課題をこなすかのように、二人は自分たちの望んだ
遊び場を得るために考え行動していく様子は、階段を一段ずつ上るように丁寧
です。問題解決を決して大人の上から目線ではなく、自分たちにできるところから
ゴリ押しせずに進めていく姿は、大人の私が読んでも学ぶところがあります。
何をどうしたら問題解決するのかよくわからないときの実用絵本でもありま
す。ぜひ周りの子どもたちに読んでみてください。『エヴィーのひみつと消えた動物たち』
マット・ヘイグ 作 宮坂宏美 訳 ゆうこ絵 ほるぷ出版このメルマガでも「クリスマスは世界を救う」シリーズなどでご紹介した作
家マット・ヘイグの作品です。「クリスマスは世界を救う」は息子の疑問に答えて書かれ、今回は娘のリクエ
ストによるものとのこと。自分の子どもたちのリクエストで物語を紡げるのは
親としても作家としても最高なことですね。娘さんのリクエストは動物と、動物が大好きな女の子の話です。
主人公はエヴィー。動物が大好きなだけでなく、特別な力ももっています。
けれど、その力のことは決して人に知られてはいけないと父親に厳命されて
いました。母親はエヴィーが小さいときに亡くなっているのは、その力が原因
でもあるようです。使ってはいけない、知られてはいけない力は、問題が起きるときの原因にな
りがちですが、エヴィーもまた、予想だにしていなかった大きな事件にまきこ
まれていくのです。たくさんの動物たちの生態も紹介されるので、そこにも興味を引かれつつ、
エヴィーがまきこまれる冒険のゴールも気になり、休憩することなくいっきに
読みました。冒険のハラハラだけでなく、動物や人間が命でつながっている存在だという
大きなテーマも胸をうちました。動物たちのイラストもとてもすてきで印象に
残ります。『アリスとふたりのおかしな冒険』
ナターシャ・ファラント作 ないとうふみこ訳 佐竹美穂 絵 徳間書店主人公は11歳のアリス・ミスルスウェイト。アリスが7歳のときに母親が亡
くなってからは、父親と伯母が一緒に暮らしてアリスのことを見守っています。アリスは、母親が亡くなって以来、屋敷にこもりがちになっているので、心
配した伯母の提案により、思いきって屋敷をはなれ寄宿学校に入ることになり
ました。環境が変わったことで、アリスには、ジェシー、ファーガスというおもしろ
い友人ができます。そのクラスメートの男の子たちと共に、学校生活になじみ
はじめているときに、父親から手紙がきっかけで3人の冒険がはじまります。佐竹美穂さんは、物語にとけこむような精緻なイラストを展開し、読んでい
ると、アリスやジェシー、ファーガスらが、本から出てきて目の前で会話して
いるようなリアリティを覚えました。子どもたち3人の行動の原動力には、それぞれの家庭の背景が関わってきて
います。特にアリスと父親との関係は胸が苦しくなるものがあり、近い存在の
家族だかこそ生じてしまう、めんどうな気持ちには、なんともいえないものが
あります。そんな気持ちの整理を助けてくれたのは、物語ることでした。アリ
スの語る物語の力がどういうものなのかは、ぜひ読んで感じてください。最後にご紹介するのは、感染症について理解を深めることができるシリーズ
第1巻です。『感染症と人類の歴史 第1巻 移動と広がり』
池田光穂 監修 おおつかのりこ 文 合田洋介 絵 文研出版コロナ禍の社会になってから、私たちは感染症について以前よりずっと意識
するようになってきているのではないでしょうか。感染症とよばれる病気は、歴史の中で何度も登場しています。それらについ
て、イラストを多用し、九尾のキツネを案内役として登場させ、疑問点やポイ
ントをキツネ目線(?)でわかりやすく伝えてくれているのが本書です。紀元前7000年頃にはじまった歴史の理解を深めるために、ページ見開き上部
に時空列車を走らせ、そのレール上で、どのあたりの「時空」にいるか一目で
わかるようになっているのもうれしい工夫です。知らないことは不安につながります。私たちは新型コロナウィルスによって
この先どうなるのだろうという不安を感じずにはいられませんでした。ワクチ
ン接種が進み、少しずつ落ち着いてきているものの、感染症について、いまい
ちど整理して理解することは大事だと感じます。ぜひじっくり読んでみてください。
-
『星天の兄弟』
122 大人の役割をまっとうする
本を夢中になって読むのはいい時間を過ごしている事。
本を読むのも体力気力が必要なので、加齢に伴い以前より夢中になることが少なくなってきているので、読んでいる間中ドキドキして展開に胸躍らせる時間は心からいいものでした。『星天の兄弟』 菅野雪虫 東京創元社
書き下ろしの長篇ファンタジー作品。
2005年に『ソニンと燕になった王子』で第46回講談社児童文学新人賞を受賞、翌年に『天山の巫女ソニン1 黄金の燕』と改題して刊行。それ以来、ずっと注目している作家の新作です。アジアを思わせるある王国の小さな村に、学者家族が住んでいました。父親は大変高潔な人物で、権力からも距離をもつことを意識し、慎ましく生活を送っていました。最初に結婚した妻は病気で早くに亡くなり、息子と2人で暮らしていたのですが、いい縁があり、再婚した妻との間にも男の子が生まれ、2人の息子と4人で暮らしていました。
ところが、気をつけていたにも関わらず、政治のいざこざに否応なく巻き込まれてしまい、無実の罪で父親は牢に繋がれてしまいます。小さな村ゆえ、本当はどうだったのかという事実よりも、罪人になったということが大きなこととなり、罪人の家族となった子どもたちは、ずっと後ろ指をさされることになります。2人の息子、海石(ヘソク)と海蓮(ヘリョン)は6歳違い。賢く華のある2人はとても仲の良い兄弟でしたが、父親が罪人となってしまってから、その関係性が変わっていきます。
一行一行で物語がぐいぐい動き、ヘソクとヘリョンが魅力的に成長していく
まぶしさと共に、父親はどうなるのだろうという不穏が並行し、先の展開に、
目を離せません。学者だった父親は塾を開いていて、たくさんの子弟が訪れ賑やかにすごしていたのですが、牢に入ってしまうと、それまで仲よくしていた近所の人たちが手のひらを返すような態度をとる様は、読んでいて辛くなります。
兄のヘソクは当時十二歳。弟や母を助けていこうと必死です。
誰かひとりだけが背負ってしまうのは重すぎても、家族の中で長男という立場のヘソクは、自分にできることを強く意識します。けれど、その重圧は十二歳の子どもが耐え続けるのは難しすぎました。
ヤングケアラーという言葉を思い出しました。名称がつくことで、ここ最近新聞などでもとりあげられるようになり、本来は大人がする仕事や家事を、担う大人が不在故、子どもが背負っている現状です。ヘソクもそうなっていました。
心をやられないためには、家族から離れることも大事。賢いヘソクがどこまで見越していたのか、彼のとる行動は後になればなるほど納得できます。
そしてヘリョン。
ヘリョンはヘソク以上に人間力を感じます。もちろん比較する必要はないのですが、2人だけの兄弟が6歳違いという年齢差で、それぞれの見えるものが違うということろも、作者は細かく描きます。兄は家に降ってきた厄災を受け止め母親と弟を支え、後に様々な尽力で家に戻ることができた父親も受け止めます。けれど、ヘリョンは父親を丸ごと受け止めることはできませんでした。知的で周りに慕われていた時の父親を、ヘリョンは知らないからです。厳しい牢での生活ですっかり老いてしまい、心も疲れさせた父親に、昔の面影はありません。
兄弟2人とも、親思いで賢く見目麗しい。けれど、無理な我慢はし続けなか
った。ある意味それは清々しく、それぞれに自分の進む道を切り開いていくと
ころは、読んでいるものの気持ちも鼓舞させます。苦しい展開になっても向日性を失わないのが2人の強さ。
辛く苦しいことを理由に闇に向かわせない
人間のもつ屈託のなさを丁寧に描きます。うーん、それにしても1冊でまとめるにはもったいない話です。
本当は3人きょうだいにしたかったけれど、ページ数の関係で2人にしたと菅野さんがSNSで書かれていましたが、3人の話も読んでみたかった。あとこの物語の魅力は大人がかっこいいこと。(嫌な大人もいますが)
私の推しは愛嬌(エギョン)。父親の教え子で成功した商人である斗靖(ドジョン)の家の使用人だったエギョンは、父親を助けて欲しいと願いに来た、ヘソクとヘリョンに好感をもち、後に、ドギョン家を出て、ヘソクたちの家に家政婦としてやってくるのです。それ以来、エギョンは2人をずっと支え続けます。ヘリョンがあることを成し遂げるために、危険な戦いに関わることになった時もエギョンは側で支えてくれます。いよいよ厳しい時を迎えるとき、ヘリョンはエギョンに感謝の気持ちを伝えると、エギョンの返す言葉がこれです。
「そんなの、大人が子どもにする当たり前のことですよ。当たり前のことに、
お礼はいりません」そしてエギョンは自分の意志で戦いのある危険な場所に来たのだと、誰かに命令されたわけでないのだといいます。
(自分で生きる場所も死ぬ場所も選べるなんて幸せな女、そういませんよ)
そう心でいうエギョン。
自分ではどうすることもない運命を引き受けて生きるヘソクとヘリョンと共にエギョン他、かっこいい大人が何人も出てくるファンタジー。
たくさんの人に読まれる物語になりますように!
続編も希望します。
書評のメルマガ登録はこちら http://back.shohyoumaga.net/
-
『寺田寅彦と物理学』他
■「いろんなひとに届けたい こどもの本」
121 人生
立秋を過ぎました。
まだまだ暑いですが、すこしだけ過ごしやすく感じる時も出てきました。
とはいえ、先日打ち合わせで1時間半くらい水分をとらないでいたら、頭痛 がしてきて、急いでたっぷり水分をとり、痛みが和らぎました。
水分補給の大事さをあらためて感じた次第です。さて今回最初にご紹介するのは、伝記です。
『寺田寅彦と物理学』 池内 了 著 玉川大学出版部
日本の伝記 知のパイオニアシリーズ第2回配本本。
(ちなみに一冊目は『岡倉天心と思想』(大久保喬樹著)です。)本書のおもしろいところは、故人となっている寺田寅彦氏になりかわって、著者の池内氏が語るところです。なので主語は「わたし」。
物理学のパイオニアと知られていますが、「物理学」のみならず、関東大震災が起きたときは、その後の被害状況を詳しく調べ、人災に関連する問題点が多かったことを指摘するなど、人々の実際の生活に有益なことを調べ上げる仕事もされています。
また文学に造形が深いばかりでなく、音楽(バイオリンやチェロを弾く)や、油絵を描くなど、とにかく多才な人物です。
いったいどのような人生をおくられたのか、大人の方が興味をもつかもしれませんが、うれしいことに本書は小学高学年から中学生向けを想定して書かれているので送り仮名もつけられ、読者層を広くしています。
大人目線で読んで興味をもったのは「厄年」です。
神社に行くと、大きく書かれている「厄年」の年齢。大人のみならず、子どもにもあてはまる年代があります。一般的にいいつたえられてきた「厄年」は人生の青年期、中年期、老年期の3つの時期にありますが、科学的根拠はないので、たんなる迷信といえば迷信かもとしつつ、生物の成長になぞらえ、老年期については若者から中年への人間の変態の時期という可能性があり、そのころにいだく精神的疲労と結びついているのではと推測しています。
たしかに、人間の成長期それぞれの年回りに「厄年」をおいて「人びとの生きざまにたいする警告をあたえている」のかもしれません。「関東大震災」のくだりは、ぜひ読んでほしいところです。
「天災は忘れた頃にやってくる」というのは、「経験の記憶」が弱くなると、人間は同じことを繰り返してしまう。それは「広い意味での”学問”が足りないため」、あるいは「その日暮らしの料簡で、それを気に掛けないため」ではないかと問いかけます。
子どもの本棚に伝記本があるのはいいものです。人生の先輩について書かれたものを読むと、直接会っていなくても本をとおして得られるものがあるはずです。寺田寅彦氏に興味をもった大人の方には雑誌「窮理」をおすすめします。
https://kyuurisha.com/about_kyuuri/物理系の科学者が中心になって書いた随筆や評論、歴史譚などを集めた、読 み物を主とした雑誌(年間不定期刊行)で、Kindleでも読むことができます。 (Kindle Unlimited対象本 2021年8月現在)
さぁ、次は愉快な本です
『森の王さま キング・クー』
アダム・ストーワー 作 宮坂宏美訳 小峰書店イラストたっぷりの読み物で、途中すこしマンガ形式の箇所もあり、手にとると一気読みするおもしろさ満載です。
翻訳された宮坂さんは、児童書におけるイラストたっぷり本の第一人者といっても過言ではありません。宮坂さんが訳された小峰書店さんから出ているジュディ・モードとなかまたちシリーズも、ストーリーの骨格がしっかりしていて、イラストがキュート!春夏秋冬、季節を問わずおすすめです。
と、キング・クーに話を戻します。
表紙を飾っているのが主人公のキング・クーなのですが、男の子にみえませんか? ところが女の子なんです。それもひげもじゃの。
ひげもじゃの女の子がキングの名前で活躍するってそれだけでおもしろそうです。いじめられっ子のベンが、ある日偶然に森の中にさまよいこみ、キング・クーに出会います。ふたりは協力していじめっ子に立ち向かうのですが、臭い匂いのするものを中心に、派手なたちまわりに目が離せません。とにかく匂ってきそうな攻撃力は、小さい子どもたちが好きそうです。
小学校低学年から楽しめる、心がすかっとする読み物、ぜひぜひ。
宇宙に民間人もお金さえあれば行けるようになってきていますが、この絵本は、お金はない宇宙好きなボーイ・ミーツ・ガール絵本です。
『おなじ星をみあげて』
ジャック・ゴールドステイン 作・絵 辻仁成 訳
発行 山烋・春陽堂書店3人の妹がいるヤコブは、毎日妹たちを公園につれていき、自分は好きな本読みに熱中しています。食料品店を営む父親は、ヤコブに店を継いでもらいたいと願っていますが、ヤコブの夢は宇宙飛行士。母親はヤコブの幸せを何より願っていますが、妹たちの世話をしている時は月の上にいるみたいにぼうっとして欲しくないと思っています。
いつものように妹たちと公園にいたヤコブは、赤いサンダルをはいたきれいな足の女の子に出会うのです。
ふたりは同じ本を公園で読んでいました、そう、宇宙の本です。
好きなものが同じということもあり、すぐさま仲よくなるふたり。
さて、彼らの未来は……。繊細なペン画にのびやかな色合いの水彩がとてもきれいです。
ヤコブの宇宙に対するふかーい愛情、赤いサンダルのアイシャに惹かれていくところもニヤニヤしてしまいます。空は世界につながっていて、夜空の星もそう。
近くにいない大事な人も同じ空の下にいるって考えるのは、なんだかうれしいことですね。次ご紹介するのも絵本です。
『ねえ、きいてみて みんなそれぞれちがうから』
ソニア・ソトマイヨール 文
ラファエル・ロペス 絵
すぎもとえみ 訳世の中は少しずつ変わっていきます。
悪いことも、良くあろうと変化していきます。生きている時間が短い小さい人にとっては、世界もその分小さく、知らないことだらけです。そんな小さい人たちに「ねえ、きいてみて」とこの絵本は語りかけてくれます。
ソニアは友だちらと庭をつくろうとしています。
いろんな植物をうえながら、人もそれぞれ違うことを伝えます。ソニアは糖尿病で、一日に数回、血糖値を自分で計り、自分でインスリンを注射しなくてはいけません。
ぜんそくのラファエルは、息が苦しくなると吸入器で薬を吸います。
自分でそうしようと思っているわけではないのに、体がかってに動いたり、声が出たりする、トゥレット症候群なのはジュリア。いろんな人が、それぞれの違いを薬などに助けてもらい暮らしています。
初めて会う人が、たとえば自分で注射するなどしていると、その姿に不思議に思うことがあるかもしれません。自分のことを説明するのがいやな人もいるでしょう。でもこの絵本は、知ることが大事ではと伝えています。
そこで「ねえ、きいてみて」なのです。まずは知ることが理解の一歩。
長くなってきたのでここからは駆け足に紹介していきます。
『ねえ、きいてみて』の絵本を翻訳された杉本さんは、あかね書房から刊行されているシロクマシリーズも訳されています。最新作であり最終刊『シロクマが嵐をこえてきた!』(マリア・ファラー作 ダニエル・リエリー絵)は夏休みのできごと。今回のミスターP(シロクマ)は誰と出会うでしょう。どのお話でもミスターPの存在は子どもを守ってつよくしてくれます。
『サヨナラの前に、ギズモにさせてあげたい9のこと』(ベン・デイヴィス
作 杉田七重訳 小学館)は、13歳のジョージが愛犬の高齢ギズモ(犬年齢14
歳、人間でいえば78歳)にサヨナラする前に、最高の一生を送らせてあげたい
とリストをつくります。リストにのせたことを実現させるために、ジョージは
できることを精一杯します。両親の離婚、親友が自分から離れていったことな
ど、ジョージのまわりは、ギズモ以外でもいろいろ問題がおきています。けれ
ど大好きなギズモのために動くジョージのすてきなこと! 登場人物みんな深
く描かれていて、どの人のことも心に残ります。岩波書店の新刊『くしゃみおじさん』(オルガ・カブラル作 小宮由訳 山
村浩二訳)は絵本と物語の中間くらいの本。本の形状的には物語ですが、ユー
モラスな絵が全ページたっぷり入っているので小学校低学年くらいから楽しめ
ます。
物語はくしゃみおじさんが、特大のくしゃみをして出会う動物ばかりか人間
の子どもたちにも迷惑なことを起こすというもの。くしゃみおじさんのくしゃ
み、どんな力があるのでしょう。最後はグラフィック・ノベル『THIS ONE SUMMER』(マリコ・タマキ作 ジ
リアン・タマキ絵 三辺律子訳 岩波書店)です。
夏休みにローズは毎年両親と湖岸の別荘地で過ごします。両親の仲はあることでぎくしゃくしていますが、別荘地で毎年一緒に夏を過ごす、一歳半年下のウィンディと過ごすことで、なんとかいつもの楽しさが戻ってきます。
思春期に入ったローズの繊細な気持ちが、映画をみているかのようなカットで語られていき、ひきこまれました。
最初にご紹介した寺田寅彦氏の本の中で、生物の成長になぞらえて、人間の生涯にも昆虫の変態のような不連続的な生理的変化があるのではと書かれています。まさにローズも少女から大人になる独特な時間の中にいます。
寺田氏は漫画についても「漫画は科学と同じく「真」をえがく、あるいは漫画には科学と同じく「普遍的要素」が見いだせなければならないといっています。グラフィック・ノベルもまた「真」を描き出しているからこそ、注目されてきているのかもしれません。
思春期の説明しにくい、なにもかもがごった煮でめんどくさいような気持ちが視覚化されています。ご一読ください。書評のメルマガ登録はこちら http://back.shohyoumaga.net/
-
『ガラスの犬』他
■「いろんなひとに届けたい こどもの本」
120 楽しみの深掘り
土石流による被害で亡くなられた方に心から哀悼の意を表します。
そして、避難されている方がすこしでも早く心おちつく生活に戻れることを祈ります。最初にご紹介するのは、心が軽やかになるとってもおもしろい短編集です。
「オズの魔法使い」シリーズを書いたフランク・ボームが書いたもので、本国ではオズに次ぐ人気本なのもうなずけます。
あまりのおもしろさに、何度も声に出して笑ってしまったほど。
『ガラスの犬』
フランク・ボーム 作 津森優子訳 坂口友佳子 絵 岩波少年文庫8つの短編がおさめまれ、そのどれもに、オズのように想像もつかない突拍子もない設定がまぎこれみ、奇想天外な展開のあとはもっともらしい教訓でしめくくられるのですが、この教訓がまた笑いを誘います。
私のお気に入りは表題作。
腕ききの魔術師が隣に住むガラス職人に、とある理由から桃色のガラスの犬を発注します。お金のない魔術師は物々交換として魔法の薬で支払いました。
ガラス職人はその魔法の薬を条件に、町一番のお嬢様に結婚を申込みます。
魔法の薬で重い病気をなおしてもらったお嬢様ですが、ガラス職人の見た目が気に入らず、あることを要求し……。短い話ですが、最後の展開には唖然。
嫌みのない毒気に笑ってしまい、クセになりそうです。
ガラス職人とお嬢様については読んだ人と感想を語り合いたい。
ぜひ。次は自然科学の恰好の入門写真絵本。
生物専門書、自然科学書を出版している文一総合出版から初の児童書。
出版社の特色が活かされた「森の小さな生きもの紀行シリーズ」です。『あなたのあしもと コケの森』
鵜沢美穂子 文 荒井文彦 写真 (森の小さな生きもの紀行(3))最近、湿原や少し標高のあるところを歩いているので、コケをあちらこちらで見かけます。わが家の日陰にもあるくらい、身近なコケ。それだけよくみるものなのでどんなものなのか知りたくなります。
見開きからたくさんの情報が書かれ、コケの体のつくりと名前がイラストでわかりやすく整理されています。
コケと名前のついているものでも、コケではないものがあるということも、わかります。
コケは1)陸上植物、2)胞子で増える、3)維管束をもたないという3つの条件でそうでない生きものと分けられます。約4億年前に地球に生まれたコケ。
現在では世界に約2万種、日本に約1,900種が知られているそうです。豊富な写真を眺めていると、コケワールドの奥深さにハマっていきます。
子どもから大人までコケについて知る入門書にはぴったりな本書、巻末には索引もつけられ、レファレンスとして使いやすいつくりになっています。
シリーズはこの他に、きのこ、粘菌と全部で3冊刊行されています。
『森の小さな生きもの紀行シリーズ』に登場する生きものは、花をつけずに胞子で増えていくものです。
トレッキングする大人にもおすすめのシリーズです。月刊たくさんのふしぎ(福音館書店)の7月号もおもしろかったです。
「釣って食べて調べる深海魚」
平坂 寛 文 キッチンミノル 写真 長嶋祐成 絵海面から200メートルより深い海、それが深海。
太陽の光が届かない深海に生きている魚について調べたのが本書です。日本は世界で一番「深海に近い国」だということをご存知でしょうか。
深海まで数日かかる国もあるなかで、岸から数十分ほど船を走らせれば深海にたどりつけるのが日本なのです。
読んでいくと知らないことばかり。ノドグロは美味しい魚で私も好きなのですが、この魚は名前のとおり、ノドの奥が真っ黒だということは初めて知りました。
ノドグロらのエサとなる深海生物にはホタルイカやサクラエビは光をはなつものが多いが、これだと光で自分らの存在を他に知らしめてしまう。大きな魚に食べられないよう、ノドやお腹の内側を黒ぬりにすることで、光をさえぎり自分の身を守っているのだという。なるほど。深海魚はおどろおどろしい顔をしているものも多いけれど、こうやって生態を知っていくと、特徴的な顔つきの理由もわかりおもしろいです。
月刊誌は書店で1冊から注文することも可能です。
ぜひ手にとってみてください。最後にご紹介するのも絵本です。
『ビアトリクス・ポターの物語
キノコの研究からピーターラビットの世界へ』西村書店
リンゼイ・H・メトカーフ 文 ジュニ・ウー 絵 長友恵子 訳今年2021年はビアトリクス・ポター生誕155周年。
ピーター・ラビットの絵本はもちろんのこと、作者であるポターについても絵本や伝記などでその生い立ちは知られるようになってきています。本書では、キノコにも魅せられというところに光をあてて描かれています。
するどい観察眼をもったポターはキノコに魅せられ、観察し、スライスして
顕微鏡でのぞき、描きます。
当時出会った郵便屋のチャールズ・マッキントッシュさんは、ポターのよき理解者であり、学びの相談相手でした。
ポターはキノコを描くだけでなく、胞子がどうやったら発芽するか、昼も夜も研究に打ち込みます。
しかし、時代はポターの研究には追いついておらず、女性が研究した論文は発表しても、真剣にはとりあってはくれませんでした。後にピーター・ラビットの絵を描いてくポターですが、その前にこれほど打ち込んだものがあったことに心動かされます。
絵本の巻末にはポターがキノコ研究していたことをもう少し詳しくまとめた文章と年譜が掲載されるとともに、参考文献があげられています。
私はこの絵本を読みながら参考にしたのは下記のもので、現役の園芸家が書いたものとしてとてもおもしろかったです。
『ビアトリクス・ポターが愛した庭とその人生
ピーター・ラビットの絵本の風景』
マルタ・マクドウェル 著 宮木陽子 訳 西村書店そういえば、先月末から『ピーターラビット2/バーナバスの誘惑』の映画が公開されていますね。映画館のない町に住んでいるので、配信サービスをゆっく
り待つことにします。書評のメルマガ登録はこちら http://back.shohyoumaga.net/
(林さかな)
https://twitter.com/rumblefish