『星天の兄弟』


122 大人の役割をまっとうする

 本を夢中になって読むのはいい時間を過ごしている事。
 本を読むのも体力気力が必要なので、加齢に伴い以前より夢中になることが少なくなってきているので、読んでいる間中ドキドキして展開に胸躍らせる時間は心からいいものでした。

『星天の兄弟』 菅野雪虫 東京創元社

 書き下ろしの長篇ファンタジー作品。
 2005年に『ソニンと燕になった王子』で第46回講談社児童文学新人賞を受賞、翌年に『天山の巫女ソニン1 黄金の燕』と改題して刊行。それ以来、ずっと注目している作家の新作です。

 アジアを思わせるある王国の小さな村に、学者家族が住んでいました。父親は大変高潔な人物で、権力からも距離をもつことを意識し、慎ましく生活を送っていました。最初に結婚した妻は病気で早くに亡くなり、息子と2人で暮らしていたのですが、いい縁があり、再婚した妻との間にも男の子が生まれ、2人の息子と4人で暮らしていました。
 ところが、気をつけていたにも関わらず、政治のいざこざに否応なく巻き込まれてしまい、無実の罪で父親は牢に繋がれてしまいます。小さな村ゆえ、本当はどうだったのかという事実よりも、罪人になったということが大きなこととなり、罪人の家族となった子どもたちは、ずっと後ろ指をさされることになります。

 2人の息子、海石(ヘソク)と海蓮(ヘリョン)は6歳違い。賢く華のある2人はとても仲の良い兄弟でしたが、父親が罪人となってしまってから、その関係性が変わっていきます。

 一行一行で物語がぐいぐい動き、ヘソクとヘリョンが魅力的に成長していく
まぶしさと共に、父親はどうなるのだろうという不穏が並行し、先の展開に、
目を離せません。

 学者だった父親は塾を開いていて、たくさんの子弟が訪れ賑やかにすごしていたのですが、牢に入ってしまうと、それまで仲よくしていた近所の人たちが手のひらを返すような態度をとる様は、読んでいて辛くなります。

 兄のヘソクは当時十二歳。弟や母を助けていこうと必死です。

 誰かひとりだけが背負ってしまうのは重すぎても、家族の中で長男という立場のヘソクは、自分にできることを強く意識します。けれど、その重圧は十二歳の子どもが耐え続けるのは難しすぎました。

 ヤングケアラーという言葉を思い出しました。名称がつくことで、ここ最近新聞などでもとりあげられるようになり、本来は大人がする仕事や家事を、担う大人が不在故、子どもが背負っている現状です。ヘソクもそうなっていました。

 心をやられないためには、家族から離れることも大事。賢いヘソクがどこまで見越していたのか、彼のとる行動は後になればなるほど納得できます。

 そしてヘリョン。
 ヘリョンはヘソク以上に人間力を感じます。もちろん比較する必要はないのですが、2人だけの兄弟が6歳違いという年齢差で、それぞれの見えるものが違うということろも、作者は細かく描きます。

 兄は家に降ってきた厄災を受け止め母親と弟を支え、後に様々な尽力で家に戻ることができた父親も受け止めます。けれど、ヘリョンは父親を丸ごと受け止めることはできませんでした。知的で周りに慕われていた時の父親を、ヘリョンは知らないからです。厳しい牢での生活ですっかり老いてしまい、心も疲れさせた父親に、昔の面影はありません。

 兄弟2人とも、親思いで賢く見目麗しい。けれど、無理な我慢はし続けなか
った。ある意味それは清々しく、それぞれに自分の進む道を切り開いていくと
ころは、読んでいるものの気持ちも鼓舞させます。

 苦しい展開になっても向日性を失わないのが2人の強さ。

 辛く苦しいことを理由に闇に向かわせない
 人間のもつ屈託のなさを丁寧に描きます。

 うーん、それにしても1冊でまとめるにはもったいない話です。
 本当は3人きょうだいにしたかったけれど、ページ数の関係で2人にしたと菅野さんがSNSで書かれていましたが、3人の話も読んでみたかった。

 あとこの物語の魅力は大人がかっこいいこと。(嫌な大人もいますが)
 私の推しは愛嬌(エギョン)。父親の教え子で成功した商人である斗靖(ドジョン)の家の使用人だったエギョンは、父親を助けて欲しいと願いに来た、ヘソクとヘリョンに好感をもち、後に、ドギョン家を出て、ヘソクたちの家に家政婦としてやってくるのです。それ以来、エギョンは2人をずっと支え続けます。

 ヘリョンがあることを成し遂げるために、危険な戦いに関わることになった時もエギョンは側で支えてくれます。いよいよ厳しい時を迎えるとき、ヘリョンはエギョンに感謝の気持ちを伝えると、エギョンの返す言葉がこれです。

「そんなの、大人が子どもにする当たり前のことですよ。当たり前のことに、
お礼はいりません」

 そしてエギョンは自分の意志で戦いのある危険な場所に来たのだと、誰かに命令されたわけでないのだといいます。

(自分で生きる場所も死ぬ場所も選べるなんて幸せな女、そういませんよ)

 そう心でいうエギョン。

 自分ではどうすることもない運命を引き受けて生きるヘソクとヘリョンと共にエギョン他、かっこいい大人が何人も出てくるファンタジー。

 たくさんの人に読まれる物語になりますように!

 続編も希望します。

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(林さかな)
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