『山の上の火』『アンデルセンのおはなし』

7/10日号で配信された「書評のメルマガ」では『山の上の火』『アンデルセンのおはなし』の2冊をご紹介しました。
http://back.shohyoumaga.net/

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■「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
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85 普遍的な物語の効能

 各地の水害で避難にあわれたみなさまの日常が、一日も早くもどってきますように。孤立されている方々が無事救助され、食べ物や日常に不足なものがなくなりますように。

 一年の中でおだやかに過ごせる季節が少なくなっているような感覚です。
 地震があり、豪雨があり、土砂災害があり。

 ざわざわする心持ちのとき、
 なにを読めるだろうかと考えました。

 そんなとき、
 フェイスブックで、京都の子どもの本の店「きんだあらんど」さんが、『山の上の火』というエチオピアのおはなしを紹介されていたのを読み、久しぶりに再読したところ、なんともいえない落ち着いた気持ちになりました。

 「きんだあらんど」Facebookページ
 

 アルハという若者がご主人様と賭けをします。
 スルタ山のてっぺんに一晩中、裸で突っ立っていられるかどうかです。
 アルハは賭けを引き受けてから心細くなり、ものしりじいさんに相談しました。じいさんは、スルタ山の谷を隔てたところにある岩の上で火をもやすので、それをみて山に立ち続けることを提言しました。

 直接あたためない火でも、その火を燃やし続けてくれるじいさんの気持ちはアルハを一晩山の上で立たせる力の源になりました。
 
 その後の話は一筋縄ではいかないのですが、しめくくりはとてもよいものでした。

 この話を読んだあと、アンデルセンを読みたくなりました。

 岩波文庫や福音館文庫でも、アンデルセン童話集は刊行されていますが、この5月にのら書店からアーディゾーニが選んだアンデルセン作品が出たのです。

 『アンデルセンのおはなし』
 スティーブン・コリン /英語訳
 エドワード・アーディゾーニ/選・絵 江國香織訳 のら書店

 たくさんのアンデルセンの物語から、14編を選び絵をつけたのが、エドワード・アーディゾーニ。1979年に亡くなっている、イギリスの画家です。『チムとゆうかんなせんちょう』(福音館書店)のシリーズ絵本等の他、児童文学の挿絵も描いています。

 アーディゾーニの描く子どもは、その心情が浮かび上がってくるかのような繊細なタッチで、見入ってしまう魅力があります。

 既訳のアンデルセン作品は、大塚雄三さん(福音館文庫)も、大畑末吉さん(岩波文庫)も、簡潔ですっきりしたものですが、江國香織さんの訳文は、情景が目に見えるようで、また、すっきりした読みやすい文章は、声に出して読むとより楽しめます。

 14編をいくつか音読していると、高校生の娘もいつのまにか聞いていたほど、よく知っている話でも、ぐぃっと物語世界に引き込まれます。

 2つの話をご紹介します。

 「しっかりしたスズの兵隊」

 25人いるスズの兵隊の内、1本足の兵隊がいました。
 彼は、片足を上げて踊っている小さな女の人(紙でできています)も自分と同じように1本足だと思い、心を寄せます。同じ家のおもちゃには、びっくり箱に入った小鬼がいました。小鬼はスズの兵隊に冷たい言葉を放ちます。小鬼のしわざなのか、スズの兵隊は、家から出てしまい、紆余曲折を経て、また同じ家に戻るのですが、残酷な運命が待っていました……。

 スズの兵隊の実直な様子や、小鬼の意地悪さ、踊り子の可憐さがまっすぐに伝わり、兵隊が運命に翻弄されラストを迎えるまでずっとハラハラします。

 短い話ですが、スズの兵隊に流れる人生の時間はとても濃密です。

 「皇帝の新しい服」は「はだかの王様」というタイトルでよく知られている話です。

 衣装に目のない皇帝が、すばらしい衣装という言葉にひかれて、ペテン師にだまされてしまう話です。
 
 その役職にふさわしくない者にはみえないすばらしい衣装。皇帝より先に、チェックした側近たちもみな、役職にふさわしい事を示すために、みえない衣装をほめちぎります。

 衣装をつけたつもりで大行列する皇帝に、ひとりの子どもがぴしゃりと言います。「皇帝は何も着ていないよ!」

 この子どものひとことは、いまの私には響きました。

 はだかの王様を滑稽だと思っていたときもありましたが、いい大人になってから読むと、周りの目を気にすることをより理解できるようになったからです。

 普遍的だからこそ、このお話はいまも読み継がれるのでしょう。

 まずは、ひとつふたつ、読んでみてください。