『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ』『パンツ・プロジェクト』//書評のメルマガ

4/10日号で配信された「書評のメルマガ」ではエマ・ゴンザレスさんのスピーチを聞いたことがきっかけで、声をあげることについての本2冊をご紹介しました。
http://back.shohyoumaga.net/

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■「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
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82 声をあげること

 アメリカのフロリダ高校でまたも銃による悲しい事件がおき、
 当事者である高校生たちが声をあげ、大規模なデモ行進をしたことはネット動画でも多くとりあげられました。

 中でも、エマ・ゴンザレスさんの沈黙も含んだスピーチは、動画をみた多くの人の心を動かしたのは間違いないでしょう。
 私はこの動画を高校生の娘と一緒にみました。

 彼女はスピーチの英語を理解する前に、
 ゴンザレスさんの言葉のもつ力を受け取り、
 いつのまにか涙を流しながら聞いていました。
 そしてそれ以来、ツイッターでフォローし、銃規制の必要性を強く感じるようになっています。

 言葉が届くということを目の当たりにした後に読んだ、
 当事者が声をあげることについて、2冊の本をご紹介します。

 『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ』
 アンジー・トーマス作 服部理佳 訳 岩崎書店

 本書は昨年2017年アメリカで話題になった社会派YA。
 デビュー作にして、世界30か国で刊行されている作品です。

 主人公は治安が悪くギャングもはびこる街に暮らす、女子高校生スター。
 ある日、パーティから一緒に帰った幼なじみのカリルが、白人警官に呼びとめられ、スターの目の前で射殺されてしまいます。
 目撃者はスターただひとり。

 最初は事実はひとつなのだから、自分が証言しなくても警官は裁かれると思っていたスターでした。しかし、事実とは異なる報道が重なり、スターは、いまはもう口を開けないカリルの為に、無実を証言する決意をするのです。

 元ラッパーである作者は大学で創作を学び、在学中から本作を執筆したそうです。タイトルも伝説のラッパーであるトゥパックの言葉からとられており、彼も銃で命を落としています。

 ザ・ヘイト・ユー・ギヴについてカリルはスターにこう説明します。

「The Hate U、UはアルファベットのU、Give Little Infants Fucks Everybody、
 頭文字を取って、T-H-U-G L-I-F-Eだよ。つまり、おれたちがガキのころ社会に植えつけられた憎しみが、やがて噴きだして、社会に復讐するって意味だ」

 その話を聞いた後、スターとカリルは警官に呼びとめられたのでした。

 スターは12歳のとき両親から、警官に呼びとめられたときにはどうすればいいかということについて教えられました。白人警官に対して黒人がとらなくてはいけない態度についてです。

 「いいか、スター。とにかく連中のいわれたとおりにするんだ。手は見えるところに出しておけ。いきなり動いたりするんじゃないぞ。むこうから話しかけられないかぎり、口は開くな」

 警察を怖がるよう教えるのではなく、うまくたちまわる術です。

 カリルはいきなり動いた為に撃たれました。ただカリルは撃たれるような事は何もしていません。

 事件後、カリルは撃たれて当然であるように報道され続けました。
 事実とは違う報道がされるには、複雑な背景もあります。
 カリルはヤクの売人をしていたこともあり、偏見にもさらされ、スターの証言もヤクにからんだギャングからの脅かしもありました。

 果敢に立ち向かい声をあげるスターはまだ16歳。両親、親戚(伯父は白人警官のひとりでもあります)そしてボーイフレンド、親しい友人はしっかりと支えます。

 作者のリアリティある描写は、社会を変えていこうとする若い世代の強さを伝えてきます。

 本作は白人と黒人という人種対立だけでなく、黒人どうしでもギャングの抗争で殺し合いが起こることも含め社会の複雑さを詳細に描き出しています。

 スターの両親の人間性も生々しく、ケンカをしたときに、ヤケをおこした、父親が浮気をしその結果、スターには異母兄がいることも、それを受け入れている母親も、なぜ父親を許し一緒にいるかを説得力をもって教えてくれます。

 ずっしりと重たい話ではあるのですが、嫌いな人とはどうつきあっていくかなど、人生のライフハックもさりげなくもりこまれていて、細部まで読みごたえがありました。

 映画化も決定されているそうですが、撮影が終わった後に、スターのボーイフレンドという重要な役柄の俳優が降板になり(その理由が過去に人種問題を助長させるようなジョークをYouTubeにあげていたのがわかり炎上した為)ようやく最近違う俳優で撮り直しが決まったようです。日本でも公開されたらぜひ見てみたいです。

 『パンツ・プロジェクト』
 キャット・クラーク作 三辺律子 訳 あすなろ書房

 こちらは、中学校に入学したリヴが服装規定によりスカートをはかなくてはいけないことに、強い違和感をもち、パンツでも通学できるように「パンツ・プロジェクト」を友人らと立ち上げる物語。

 そう、本書もまた自分の違和感を声に出し、学校を変えていこうとする話です。

 リヴは最初は簡単にできることだと思っていました。
 周りの中学ではパンツでもいいところはあるし、スカートにこだわる理由はないと思っていたからです。

 しかし、なぜパンツじゃなきゃいけないの?という声もあがりました。
 校長先生にも話をしましたが、将来的に考えるとして緊急の課題にはならないとすぐの検討はしてくれません。

 前回のメルマガでご紹介した『いろいろいろんなかぞくのほん』(メアリ・ホフマン文/ロス・アスクィス絵/杉本 詠美訳/少年新聞社)に出てきた家族のように、リヴにはお母さんが2人います。

 パンツをはきたいリヴは自分のセクシュアリティについても考えるところがあり、お母さんが2人いる家の子はパンツをはきたがるわけ?とはいわれたくないことと、母親のひとりが既に心配事を抱えていたこともあり、親には秘密でプロジェクトをすすめます。

 自分らしくいられる服装を自分で選ぶリヴの行動は、読んでいてすがすがしく、ごく当たり前の行動に思えました。けれど、声をあげるには自然体だけではなく、やはり勇気が必要です。

 いろいろな人がいることについて、100%理解しなくても、受け入れていく心の柔らかさを意識させられました。

 まずは気負わず読んで欲しい。
 フリーペーパー「BOOKMARK」の装丁もしているオザワミカさんが描いたシャープな装画は手に取りたくなるかっこよさがあります。
 

 さて、最後に、
 この2冊に登場した彼らの声が、彼らのゴールにたどりついたら、10代ならではの、ただ楽しむ時間もつくって欲しいと願います。