『灰色の地平線のかなたに』『凍てつく海のむこうに』//書評のメルマガ

11/10日号で配信された「書評のメルマガ」では岩波書店の2冊について書きました。
http://back.shohyoumaga.net/?eid=979068

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■「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
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77 知らないことを知る

 10月に入ってからの台風、被害にあわれた地域の方々にお見舞い申し上げます。

 毎年、いままでにない気象が起こり、各地で日常が突然奪われてしまう。
 さまざまな状況の中でできるだけ冷静に対処し、明るく過ごす事の大事さを思います。

 こういう時はじっくり本を読む。
 読んでいろいろ考える。

 今月はじっくり時間をかけて読む、長編作品をご紹介します。

 『灰色の地平線のかなたに』 
 『凍てつく海のむこうに』
 ルータ・セペティス作 野沢佳織 訳 岩波書店

 今年2017年カーネギー賞を受賞したのは『凍てつく海のむこうに』

 イギリスの図書館協会が年に1度、児童・ヤングアダルト向けのすぐれた作品に贈る賞です。

 ルータ・セペティスの作品は2012年に『灰色の地平線のかなたに』が翻訳れています。
 2冊続けて読んでみました。

 『灰色の地平線のかなたに』

 第二次世界大戦中のリトアニアで、15歳のリナはソ連の秘密警察につかまりシベリアの強制労働収容所に送られてしまいます。父親は別の場所に連れていかれ、母親とリナ、弟のヨーナスの3人は、集団農場(コルホーズ)で働かされることになりました。つらい長旅のあと、厳しい農作業の労働を強いられる中、リナはいつか父親と再会し、画家を再び目指せることを未来に描き、現実を耐え抜きます。

 文字を読みながら映像をみているかのような描写に、息をつめて読んでいる自分がいました。

 過酷な環境の中、自分を守ることで精一杯になりがちな場においてリナの母親が常に他者に対しての思いやりをもっている姿も心を揺さぶられました。
 
 作者、ルータ・セペティスは歴史上であまり語られていなかったできごとを物語にして差し出します。

 ナチスのユダヤ人虐殺は多く語られてきている一方、同時期にスターリンが率いるソ連がバルト諸国のみならず自国の市民も逮捕し、シベリアに追放してきたことはそれほど知られておらず、これに光をあてて書いたのが本作です。

 生き延びたいという強い気持ちをもつリナの生き方に圧倒され、ここまで追い詰める戦争の罪深さを忘れてはならないと強く思いました。

 続けて
 『凍てつく海のむこうに』を読みました。

 リナの従兄弟ヨアーナが主人公です。

 『灰色の~』でもヨアーナについて語られることはあっても、本人は登場していません。ヨアーナもまた、リナと同じように強い少女でした。

 第二次世界大戦末期、ソ連軍の侵攻がはじまるなか、ナチス・ドイツ政府は孤立した東プロイセンから、バルト海を経由して住民を避難させる「ハンニバル作戦」をとります。

 その史実を背景に、作者は海運史上最大の惨事とよばれる〈ヴィルヘルム・グストロフ〉号のことをヨアーナ含む4人の若者たちの視点でフィクションを紡ぎました。

 大人がしている戦争に巻き込まれるこどもたちが、どんな思いを抱いていたのか、物語を読むことで、私たちは想像し、そうでない未来をつくっていかなくてはと意識するようになるのでは。

 知らなくてはいけないことを知ること。
 意識していないと、知っている世界はごく狭いものになってしまう。
 知ろうと意識すること、
 物語の世界は、それをみせてくれます。

 2冊あわせて6センチ近い厚みをもつ物語は、読むのにちょっとひるんでしまうかもしれませんが、読み始めるとあっというまに歴史の世界へ誘います。

 ぜひ読んでください。