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  • 『シートン動物記 傑作選』(角川文庫 越前敏弥訳)

    子どものころ『シートン動物記』を読んだ人なら、あの時の気持ちを思い出したくて手に取るかもしれない。けれど、いい意味で期待は裏切られる。抒情は一切排され、人間と動物の対立、相容れない関係がこれほど太く描かれていることに驚く。緊張感は濃く、短い作品をひとつ読むだけでも、次を開く前に深呼吸が要るほどだ。「スプリングフィールドのキツネ」に描かれる親の情ゆえのラストの行動には絶句した。ハードボイルド好きにも刺さる一冊だ。

  • 『タトゥーママ』ジャクリーン・ウィルソン作 小竹由美子訳

    『タトゥーママ』
     ジャクリーン・ウィルソン 作 ニック・シャラット 絵
     小竹由美子 訳 岩波少年文庫

     最初に刊行されたのは2004年、偕成社からでした。
     ニック・シャラットが描くタトゥーママは、美しいけれど、どこか頼りなげに見えます。体のあちこちにあるタトゥーは、まるで何かから自分を守ってくれるお守りのようにも感じられました。

     あらすじはこうです。
     マリゴールドの33歳の誕生日。娘のスターとドルは母親を祝うために一生懸命がんばります。けれど、そのかいもなく、マリゴールドは誕生日におかしくなってしまいます。

     情緒不安定な母親をドルは必死に支えようとしますが、スターはもっと「普通の母親らしさ」を求め、母との関係はうまくいきません。

     マリゴールドは娘たちを大切に思ってはいるものの、自分のさみしさや思い通りにならない現実を、お酒やタトゥーに頼ることで埋めようとし、自分優先の生活に流されてしまいます。

     さらに、スターの父親であるミッキーへの未練も断ち切れず、あるコンサートで再会。スターは、自分の父親が実在し、しかも魅力的な大人であることに夢中になります。一方、ドルは疎外感を抱き、姉の喜びを共有できません。

     やがてスターはミッキーと暮らす道を選びますが……。

     作者ジャクリーン・ウィルソンは、軽快な筆致で深刻な社会問題を背景にした物語を描きます。
     私が日本で最初に刊行された『みそっかすなんていわせない』を読んだとき、シングルマザーを描く日本の作品では往々にして情緒的で湿っぽくなりがちな中、ユーモアを交えた語り口に「こういう作品を待っていた」とうれしく思ったことを、今も鮮明に覚えています。

     とはいえ、『タトゥーママ』の母マリゴールドを見ていると、子どもが背負う重さは痛いほど伝わってきます。どんなに願っても、つらい出来事があると感情を抑えきれず、子どもを置いて夜通し出かけてしまう。スターもドルも、どれほどさみしく、怖い思いをしたことでしょう。それでも、二人は母親が大好きなのです。

     努力だけでは埋められない部分があり、治療や社会の支えが不可欠なときもあります。不足を補える社会が望まれます。

     いまの日本ではようやく「ヤングケアラー」という言葉が定着し、少しずつ支援が広がり始めています。そんな今だからこそ、『タトゥーママ』は、支えを必要としている子どもたちの手に届いてほしい。岩波少年文庫という手に取りやすい形で復刊されたことが、とても心強く感じられます。

  • 『ランドリーの迷子たち』シャネル・ミラー作 ないとうふみこ訳(ほるぷ出版)

    夏に読んでほしいYA小説。10歳になったばかりのマグノリアはニューヨークの夏に楽しみなんて存在しないと思っていました。
    両親はランドリーの仕事で忙しく、お金もなく、マグノリアをどこかに連れて行ってくれる計画もたててくれません。
    マグノリアの友達は犬のズボンくんだけ。そんなときにアイリスと出会います。ランドリーの忘れ物、片方だけの靴下の持ち主探しを2人ですることに。
    靴下を観察し(時には匂いまでかいで!)持ち主を推理し探し出すのですが、その間にいい感じの出会いがいろいろとあります。
    マグノリアにとっては思いもかけないキラキラ光る夏休み時間が訪れるのです。さぁ、どんな出会いがあったのか読んでみてください。

  • 『トットあした』(黒柳徹子)新潮社

    大ベストセラー『窓際のトットちゃん』で、自身の半生を記した黒柳徹子さんが、今度はいままでであった人たちの言葉を紡いで、自分の人生を振り返ります。
    出会った人たちは、私たちもよく知っている人ばかり。向田邦子さん、渥美清さん、沢村貞子さん。
    黒柳さんを励ました言葉は、読んでいる私も励ましてくれた。沢村貞子さんは、いまもその料理がNHKのテレビで番組として紹介されるほどの料理通。沢村さんからもらった言葉は「人間ってね、一生懸命やると、後悔しないものなのよ」
    この言葉はよくわかる。仕事では特にそうで、やれるだけやったことは、あとは野となれ山となれの気持ちになれるのだ。
    黒柳さんが沢村貞子さんに「どうして、そんなにお料理が上手くなったの?」と聞いたときのこたえは、おつれあいさんへの体を思ってのことと、戦前刑務所に入っていたとき、差し入れる新聞や雑誌はすべて検閲で切り取られ、自分の手元まできたのはお料理の記事くらいだったという。だから熱心に繰り返し読んで想像でお料理していたら、釈放された時にはいっぱしの料理上手になってたわよ、と。

  • 山本まつよ先生のこと

    126 心に残ること 

     今年は雪が多く、除雪しないと移動がままなりません。
     使っていない筋肉を使うので、腰痛が頻発しています。

     腰痛はつらいので、楽しい気持ちになりたくて絵本を読みます。
     子ども3人育てているときに読んできた絵本を眺めていると、読んでいた時
    の子どもたちの様子が思い出されます。
     子どもの本を選ぶとき、ひとつの指針は子ども文庫の会が発行している「子
    どもと本」でした。

     はじめての子どもを出産し、病院のベッドにいるとき、「童話屋」(現在、
    書店は閉店)さんに連絡して毎月絵本を送ってもらうことにしました。はじめ
    に届いた絵本は『おおきなかぶ』でした。佐藤忠良さんの絵や彫刻が大好きだ
    ったので、とても嬉しく、生まれたばかりの赤ちゃんに読んで聞かせたことを
    覚えています。

     当時渋谷にあった「童話屋」さんに何度かうかがったこともあり、その時気
    になったのが「子どもと本」でした。なにやら小さい冊子に小さい文字が書か
    れている表紙で、難しそうにも感じました。「童話屋」の方に、その冊子が気
    になることをお伝えすると、いつかお勧めしようと思っていたんですといわれ
    たので、毎月の絵本と一緒に、数冊ずつ入れてもらうことにしました。

     その冊子には子どもの本に対する愛情がみっしりつまっていて、最初に読ん
    だ時から夢中になりました。ここには大事なことが書かれているとわかりまし
    た。それからは、最新号と共に、バックナンバーを読むのが楽しくてしようが
    ありませんでした。気になった本は、一緒に送ってもらうようにもしました。

     3人目の子どもが生まれたとき、フルタイムの仕事を辞め、時間ができたの
    で、念願の子ども文庫の会の初級セミナーに通うことにしました。
     行き帰り半日ほどかかるので、その時間に読む本をたんまりスーツケースに
    入れて通いました。

     セミナーに参加されている方に「日帰りなのに大きな荷物をかかえて来られ
    るのね」といわれたとき、私がこたえる前に、山本まつよ先生は「だって、行
    き帰りの時間でたっぷり本が読めるものね」と代弁してくださり、わかってく
    ださっていると嬉しくなりました。

     セミナーが行われる部屋は通路ぎっしりに本が積まれていました。トイレに
    までもです。本の背表紙をみながら、狭いトンネルのような通路を通り、セミ
    ナーの机に集まるときはいつもわくわくしました。

     もっとも印象に残っているのは、アイルランド童話集「隊を組んで歩く妖精
    達」(イエイツ編 山宮允訳 岩波文庫)を山本先生が朗読してくださった時
    間です。
    「ティーグ・オケインと妖精達」は朗読すると30分以上かかるお話しです。
     ゆっくり静かに読まれる語り口に引き込まれました。おおげさに誇張するこ
    ともなく淡々と読まれる物語は、ひとりの若者が幸福な生き方をするまでのこ
    とがらが紡がれています。愉快に好き放題に暮らしていた若者ティーグ・オケ
    インがひょんなことから妖精達と関わり合ったことで、生き方に変化をもたら
    すのです。

     読んでくださったあと、とても幸福な気持ちを味わいました。ティーグ・オ
    ケインが感じた幸福が伝わってきたのです。山本先生の朗読は物語の深いとこ
    ろを余すことなく伝えてくれました。

     私は自分が感じた気持ちを他の人にも伝えたいと思い、何人かの大人に同じ
    ように読んでみました。大人になってから人に本を読んでもらうなんてとはじ
    めは少し怪訝そうにした方も、読み進めていき物語にうねりがみえてからは夢
    中になって聞いているのが伝わってきます。そして物語を最後まできいた後は、
    とても満足そうでした。
     
     心の深いところで楽しいと感じられることほど幸福なことはありません。

     山本先生はよく大きな石の指輪をされていました。きれいで見とれてしまい、
    「すてきな指輪ですね」というと、「こういうきれいな大きいのをつけていると
    子どもたちが喜ぶのよ」と嬉しそうに教えてくださいました。

     先日、ある小中学生のアートワークショップのボランティアに参加しました。
    色水をつくるワークショップで、私も子どもたちと一緒に色水づくりを体験し、
    黄緑色をつくりました。すると、はじめてあう子どもたちでしたが「その色、
    いま着ているセーターによくあっているね。イメージカラーみたい」と言って
    くれたのです。きれいな色のセーターを選んでよかったと思いました。そして
    山本先生の指輪のことを思い出していたのです。

     2月に入って届いた168号の「子どもと本」で山本先生の訃報を知りました。
     子ども文庫の会のHPでは昨年の訃報がすぐ出ていたようなのですが、ここ数
    年、家でパソコンをさわる時間がめっきり減ってしまい、全く知らず、いつも
    のようにわくわくしながら封筒から冊子を取り出し、表紙を読んでびっくりし
    たのでした。

     168号の「子どもと本」ではゆかりのある方々の追悼文が掲載され、ひとつ
    読むごとに、胸があつくなりました。

     山本先生は多くのことを残してくださいました。
     青木祥子さんが表紙に書かれていますように、山本先生にみせていただいた
    「本の中の人、動物、風景、雰囲気、言葉などなど――」は「それを朗読して
    いたその声とともにわたしたちの心の中に残していった」のです。

     2006年に刊行した山本先生の訳書に『ラーマーヤナ』(エリザベス・シンガ
    ー作 子ども文庫の会)があります。豊かな叙事詩であるこの本は、どの年代
    の子どもでも読めるように総ルビです。
     読み終わったあとの楽しい気持ちに思わず山本先生に電話して感想をお伝え
    しました。先生も嬉しそうに応じてくださり、この本を手にするたびにその時
    のことを思い出します。

    「子どもと本」はこれからも青木祥子さんが続けてくださいますので、変わら
    ず「次の号」を楽しみに待つことができます。

     私もこれまでと変わらず子どもの本を楽しみ、その楽しみを伝えていきたい
    と思います。

    (林さかな)
    https://twitter.com/rumblefish

  • 『みんな みんな すてきな からだ』他

    125 自分を大事にする 

     2022年。年が明けました。
     本年もどうぞよろしくお願いいたします。

     1月10日は成人の日。
     感染症がじわりじわりと広がっている中ではありますが、
     新成人のみなさま、おめでとうございます。
     しんどいことも楽しいこともひっくるめて、おもしろい未来を体験できます
    ように。

     さて、最初に紹介する絵本はこちら。

     『みんな みんな すてきな からだ』
     タイラー・フェーダー さく すぎもとえみ 訳 汐文社

     表紙には女性、男性、赤ちゃんと、いろんな年代の人が水着姿で描かれてい
    ます。
     どの表情もエネルギーを感じられ、体はあざがあったり、まだらだったり、
    体毛がたっぷりあったり、それぞれ多様です。

     表題の「みんなみんなすてきなからだ」は、自分や他人のからだを尊重する
    社会をめざす合い言葉」と解説にあります。
     お互いに尊重しあう社会って、とってもすてきだと思いませんか。

     ページを繰ると、どのページにもいろんな「みんな」がいます。

     モデルのような美しい体にあこがれることもあるけれど、自分はそうじゃな
    いと否定しなくてもいいのですものね。
     でもでも、映像でみえてくる美しさについつい惹かれて、それに近づきたく
    なる欲求がでることもあります。ただ、それはいまの自分を少しだけ残念に思
    うことにもなるので、そんな時はまずは自分を丸ごと受け止めるのも大事。

     小さい人も大人もこの絵本を読んで、自分も他人もみんなすてきな体をもっ
    ていることに、あらためて気づけるのではないでしょうか。

     からだつながりで次に紹介するのは

    『中絶がわかる本』
    (ロビン・スティーブンソン 塚原久美 訳 福田和子 解説 
     北原みのり 監修 アジュマブックス)

     小さいこどもから、ティーン向けににフィクション、ノンフィクションを書
    いている作家によるもので、本書はノンフィクション。カナダ、ブリティッシ
    ュコロンビア州における最高の児童文学賞も受賞しているティーンエイジャー
    向けの性教育と人権の本です。

     こちらも、先に紹介した絵本のように、表紙の女性達の眼差しが印象的です。

     日本において、避妊の知識、性と生殖の権利(リプロダクティブ・ライツ)
    については、まだ広がりが弱いのかもしれません。若い人たちも、なかなか自
    分達の性について語るタイミングも見つからないのかもしれません。

     そういう時、本はひとりで読めるので知識を得るにはとてもいいツールです。

     自分の身体についての権利を知るということは、自分の自由につながります。
    性教育? 人権? なんだか難しそうと感じる方もいらっしゃるでしょうか。
    読むと、これは自由について書かれているのだと腑に落ちると思います。

     中絶についての歴史にはじまり、先人たちが獲得してきた人権について、女
    性だけでなく、男性にも知って欲しい。
     権利はだまって自分についてくるものではなく、闘って得てきた歴史がある
    のですから、それは知りたいことです。

     読了後、まずは一緒に暮らしている娘にすすめました。

     以前ご紹介した感染症と人類の歴史全3巻の残り2巻も刊行されました。

     『感染症と人類の歴史 治療と歴史』
     『感染症と人類の歴史 公衆衛生』

     池田光穂 監修 おおつかのりこ 文 合田洋介 絵 文研出版

     今回も本の中で、読者に歴史などを案内してくれるのは、九尾のキツネ。
     時空をとびまわり、各地のいろいろな時代へと誘ってくれます。

     歴史を知ることは、いまを知ること。
     感染症に必要以上に恐れをもたず、知識をもってするべき行動をとれるよう
    にすることです。研究を重ねて治療法を獲得してきた道を知り、その道のりに
    興味をもつことは、未来につながるように思います。

     「治療と歴史」では、原始時代からはじまります。体の具合が悪いときに、
    痛む場所に手をあててなでたり、おしたり、そういうところから、今度は、食
    べると具合をよくする植物を見つけたり、動物の血や角、石、貝殻などの中に
    体にいいことを学んでいったそうです。

     平安時代、日本でもっとも古い医学書といわれている『医心方』に書かれて
    いる治療法も興味をひきました。
     例えば養生法(健康法)。「朝おきたとき、つべこべいってはいけない」
     なるほど、これは今でもつかえそうです。

     一読している間、そうなんだ、そうなんだといま治療できている感染症につ
    いて、先人の方々による科学の力にあらためて感じ入りました。
     
     「公衆衛生」では、人が生きていくために大事な健康的なくらしについて書
    かれています。

     ひとりひとり個人だけではなく、社会全体が健康になることを目指す。その
    しくみが「公衆衛生」です。

     それでも基本はひとりひとりの行動。
     コロナの拡大をみていても、それは十分納得できます。

     巻末には「感染症」と子どもの本も22冊紹介されています。
     感染症がテーマになっている本だけではなく、物語の時代背景として感染症
    が描かれているものもあります。
     『アンネの日記』が紹介されているのは、アンネの死は、衛生状態の悪い強
    制収容所で発生したチフスによるものだからです。

     最後に現在最新刊が刊行されている福音館書店の「こどものとも」2月号を
    ご紹介します。

     「オトシブミのふむふむくん」
     おのりえん 文 秋山あゆ子 絵

     お正月の楽しみである年賀状も年々売上がさがっていると聞きますが、1度
    にたくさんの賀状を書くのは大変でも、懐かしい人からもらえる一文添えの葉
    書はうれしいものです。

     1992年に創刊された月刊誌「おおきなポケット」(2011年に休刊)で「虫づ
    くし」を連載していた秋山あゆ子さん。その連載をもとに、おのりえんさんが
    物語を紡ぎます。

     手紙のすきなオトシブミのふむふむくんが書いた手紙が、同じく手紙のすき
    なオトシブミのふみふみさんに届きました。ふたりの文通がはじまります。

     細かく書かれた虫たちの年中行事の愛おしさがたまりません。
     宝物の一冊になりました。
     

    (林さかな)
    https://twitter.com/rumblefish

  • 『いなばのしろうさぎ』他

    125 とびきりきれいなもの 

     きれいな絵本が届きました。
     岩崎書店「日本の神話えほん」シリーズの『いなばのしろうさぎ』です。

     ふしみみさをさんが文章を書き、ポール・コックスさんが絵を描いている
    シリーズ絵本。

     ポール・コックスさんは、現在板橋区立美術館で展覧会も開催されています。
    コロナ禍になって以来、とんと東京が外国なみに遠くなってしまいました。

     それはさておき、絵本です。

     ポール・コックスさんのファンにとって、新作絵本が出るたびに驚かされる
    斬新な表現はたまらないものがあると思います。

     今回もそうでした。

     日本的な「和」の雰囲気をもちつつ、無国籍の空気もまとっている。
     近しさと遠さの融合があるんです。

     表紙に描かれている、しろうさぎの目をみてください。
    「ほら、早くページを繰りなさいよ」といっている目。
     
     開いてからは、すっかり古事記ワールドに入りこみます。
     どのページも赤の色が印象的におかれ、
     ダイナミックな構図で絵と文章が両輪で動いています。

     ふしみさんは、古事記を読み込み、神様達の人間臭さを感じ取り、破天荒
    さと原始的な部分に惹きこまれていったそうです。

     ポールさんの古事記リサーチも念入りでした。俵屋宗達、北斎など、ポー
    ルさんが敬愛する日本の画家たちの作品を大量に模写し、テクニックを試し、
    日本の古い服装を丁寧にスケッチし、そういうものを全て自分におとしこん
    だ上で描いた絵なのです。

     おふたりの真摯な仕事の結果としてできあがった絵本は、すばらしい芸術
    作品となり、小さい子どもも、大人も心から楽しめるものになっています。

     そういえば、子どもが小さい時に読んだ『古事記物語』(原書房)があっ
    たなと本棚を探して、久しぶりに、鈴木三重吉のものを取り出しました。

     その本には、長男が小学3年生の時に読んだ感想文がはさまれていました。
     学校に提出したものではなさそうで、読んだあとに、A4のコピー用紙に書い
    たようです。紹介させてください。


     『古事記物語』ぜんぶ

     この物語には、“きぼう””わらい””歌”があります。神たちは、もとも
    と人間でした。「女神の死」というのが一ばん大人の話にそくりでした。さい
    後のが“神”が生まれておもしろうだと思いました。そしていろいろな神がみ
    がいろいろなことをして日本ができたと思いました。

    「天の岩屋」それもおもしろいです。この話は天照大神と二番めの弟さまの月
    読命と言う話です。つまりこのお話しは災いが一どきに起こってきます。さい
    後は、そのまま下界へおいでになります。という話です。

    「八俣の大蛇」というだいじゃの話です。この話は、須佐之男命は大空から追
    いおろされて、出雲の国の肥の河の河上の鳥髪というところにいくお話しです。
    さいごのところは、大国主神、またの名を大穴牟遅神とおっしゃるりっぱな神
    さまがお生まれになったという話です。
     このお話しは、大人の話みたいでした。
     さいしょのお話しはたいくつだっただけで、だんだんおもしろくなってきました。

     鈴木三重吉が大正時代に再話した本書は、子どもが読むには難しい言葉もあ
    あるのですが、全ルビだったので読めたのでしょうね。大人の話を読んでいる
    ような気持ちになったのがうれしかったみたいです。

     さて、現代の物語もご紹介いたします。
     
     『マイロのスケッチブック』鈴木出版
     マット・デ・ラ・ペーニャ作 クリスチャン・ロビンソン 絵 
     石津ちひろ 役

     『おばあちゃんとバスにのって』(鈴木出版)でニューベリー賞、コールデ
    コット賞オナーを受賞しています。その後に鈴木出版から刊行されている『カ
    ルメラのねがい』も同コンビ。本書はコンビ第3作目にあたります。

     マイロはスケッチブックをもって、お姉ちゃんと一緒に電車に乗ります。
     電車に乗っている人たちの生活を想像しながら、マイロは絵を描きます。
     描くたびにお姉ちゃんに見てもらおうとするのですが、しっかりは見てもら
    えません。マイロたちはどこへ向かっているのでしょう。

     出かけることは、嬉しいことでもあり緊張することでもあり、その気持ちを
    落ち着かせるためにもマイロは絵を描いているようです。

     マイロは描きながら、自分はどう見られているのかなとも考えます。
     人はどうしたって、見かけではわからないことばかり。
     どんな生活をしているのか、どんな家族がいるのか。

     最後のページまで読むと、マイロたちがどこへ誰に会いにいったかがわかり、
    ふたりの緊張の理由がみえてきます。

     『タフィー』(サラ・クロッサン 作 三辺律子 訳 岩波書店)も緊張感
    ある物語です。

     岩波書店のスタンプ・ブックシリーズ。
     サラ・クロッサンは散文詩で物語を紡ぎます。

     父親からの暴力を、なんとかしのげば、本当は自分を大事にしてくれる、だ
    って娘なのだからと思うアリソン。
     
     しかし暴力は痛く辛く、体も心も蝕まれます。
     アリソンは逃げます。
     まだ学生でお金すらもっていないアリソンはどこに安寧の場所があるのでし
    ょう。

     最後まで緊張は続きますが、光もあります。
     読んでください。

     —
     今回が2021年最後の記事になります。
     いつも辛抱強く待ってくださる原口さんに感謝いたします。

     みなさま、1年間読んでくださりありがとうございます。
     来年もどうぞよろしくお願いいたします。
     

    (林さかな)
    https://twitter.com/rumblefish

  • 『きょうはだめでもあしたはきっと』他

    124 心を軽くする、ぐるぐる動かす

     コロナ禍でリアルに人と話すのは家族がメインになっていき、SNSやLINEな
    どツールはいろいろ増えているけれど、本を読むということも、物語と会話す
    るようなものに思えています。
     とはいえ、様々な制限が解かれてきているので、直接のやりとりも増えてき
    ているのはうれしいことです。

    『きょうはだめでもあしたはきっと』
     ルチア・スクデーリ さく なかむら りり やく 春陽堂書店・山烋

     第27回いたばし国際絵本翻訳大賞イタリア語部門最優秀翻訳大賞受賞作絵本。

     タイトルがすてきです。
     きょうはだめでもあしたはきっと、このタイトルを読んだだけで体の中から
    元気玉が飛び出してきそうではありませんか。

     さて、どんなお話かというと。

     砂漠にあらわれた見慣れない生きもの。
     あなたはだれ?と問われると、生きもの自身は羽があるので鳥だと自覚して
    いるのですが、素直に鳥と答えられない。羽はあっても飛べないからです。

     謎の生きものは周りから鳥だと思ってほしいものの、飛べないことは知られ
    たくない。鳥らしくないことをなかなかいえないでいる姿がユーモラスに描か
    れます。

     迎えるラストでは、地面の上で生きものたちがあれやこれやと交わり、天の
    お空ももりあがりに一役かうのですが、どんな風なのかは読んでのお楽しみ。

     1回目より、2回目、3回目の方が心に入ってきます。
     ぜひぜひ何回も読んでみてください。

    『もりにきたのは』
     サンドラ・ディークマン 作 牟禮あゆみ 訳 春陽堂書店・山烋

     先に紹介した絵本はイタリア語部門の最優秀翻訳大賞受賞作で、こちらは英
    語部門の大賞受賞作。

     鮮やかな発色で描かれる動物たちが目を引きます。
     イタリア語部門とおもしろい共通点があり、今度は森に見慣れない白い生き
    ものがやってきたのです。最初に見つけたのはカラス。

     白い生きものの鋭い目つきが怖くて、森の動物たちは近づけません。
     大きな白い生きものは、森の中を歩きまわって、葉っぱ集めをしています。
     どうして葉っぱを集めているのでしょう。

     森にやってきたこと、葉っぱを集めること、理由がわかってくると、鋭い目
    から見えているであろうものに思いを馳せました。

     森の美しさを描きながら、海も感じさせる絵本です。

     
    『ぼくの! わたしの! いや、おれの!』
     アヌスカ・アレプス さく ふしみ みさを やく BL出版

     5月に刊行された『くさをたべすぎたロバくん』の作者による新作絵本。
     とはいえ、原書としては、本書がデビュー絵本。
     日本での刊行は後になっています。

     アレプスの絵は、すこーしレオ・レオニの雰囲気があります。
     くりっとした動物の目に表情が豊かで、何かおもしろいことが起きそうな雰
    囲気がページをめくる楽しみを誘います。

     お話はくだもの大好きなゾウたちが、木の高いところにあるくだものをとる
    ために四苦八苦し、最終的にどうしたでしょう、というもの。

     やわらかい中間色で描かれたジャングルの中で、ゾウたちが心地よさそうに
    しているのをみるのは、みているこちらも安らぎます。彼らのくだものに対す
    る食い意地も愛らしい。
     
     おいしいものを食べるのは幸福ですから、ゾウたちが幸せそうなのもさもあ
    らん。

     ゾウたちのように、おいしいくだものを食べたくなってきます。

     最後にご紹介するのは、マット・ヘイグの読み物。
     ここのところ、マット・ヘイグの作品を読み続けているのですが、読むたび
    に、運動後に体がほぐれたような心地よさがあり、追っかけファンになってい
    ます。

     『ほんとうの友だちさがし』
     マット・ヘイグ 文 クリス・モルド 絵 杉本詠実 訳 西村書店

     アーダには妖精の友だちがいます。ほんとうのことしか言えない特別な妖精
    と一緒にいることは、自分らしくいられることなのでとても幸せでした。

     ところが、学校に通い始めると、アーダのふつうが、周りのふつうではなく
    なり、妖精といることもからかいの対象になってしまいます。

     妖精とだけいればいいのかしら。それはそれで幸せ。
     でも、アーダは人間の友だちも欲しくなり……。

     自分の子どもたちをみても、いつも友だちを求めていました。それもただの
    友だちではなく「ほんとうの」友だちを。いったい何が「ほんとうの」なので
    しょう。

     たくさんの友だちがいることはハッピーなことなのか。少し深いテーマを、
    マット・ヘイグは子どもの心に届く言葉でまっすぐ差し出します。

     そして、クリス・モルドのユニークでキュートな絵は、アーダや妖精への親
    しみを湧かせます。

     読後感は、やっぱり友だちっていいなってこと。
     マット・ヘイグの物語には「ほんとうの」ことが書かれています。

    (林さかな)
    https://twitter.com/rumblefish

  • 『子どもを守る言葉 『同意』って何? YES, NOは自分が決める!』他

    123 子どもを守る言葉 自分が決めるということ

     作者は自分の子どもに「同意」を教えたくてつくった本をご紹介します。

     『子どもを守る言葉 『同意』って何?
      YES, NOは自分が決める!』
             レイチェル・ブライアン 作 中井はるの 訳 集英社

     何事も相手や周りの同意を得て進めていきましょう、なんていう言葉は社会
    人にはなじみがありすぎて、そうすることに意識もしなくなっていました。

     子どもの頃だと、大人のいうことは聞かなくちゃいけないという前提のもと、
    顔色をうかがうことも、お行儀のひとつとすり込まれて育った子どもも一定数
    はいたでしょう。

     けれど、自分の「嫌」を伝えるということがとても大事だということが、少
    しずつ世の中に浸透してきているように感じています。

     この本では、自分だけでなく、相手のためにも自分の意志を伝えることがい
    かに大切かということが8つの章立てで、イラストも多くつかって伝えてくれ
    ています。

     むりやりに相手から「いいよ」を引き出してもそれはYESではないこと。
     YESといってしまっても、後から自分の本当の気持ちに気づいてNOということ。

     なんとなくわかっていても、ちゃんと知っておくべきことが簡潔に書かれて
    いて、子どもだけでなく大人にも読んでほしいと思いました。

     巻末には、SNSでのトラブルから、具体的な暴力やイジメに対処するときの
    相談窓口も掲載されており、かなりの実用書のつくりです。

     『夢のビッグ・アイデア カマラ・ハリスの子ども時代』
     ミーナ・ハリス 文 アナ・R・コンザレス 絵 増田ユリヤ訳 西村書店

     アメリカ副大統領となったカマラ・ハリスとカマラの妹、マヤの子ども時代
    の話を元に、彼女らの姪にあたるミーナ・ハリスが書いたお話です。

     カマラとマヤが住んでいたマンションには中庭がありました。でも遊具はな
    にもなく、姉妹は中庭が遊び場になればすてきじゃないかと考えます。

     母親に相談すると家主さんに聞かなくちゃねといわれ、二人は家主さんにお
    願いに行きますが、望んだ返事はもらえません。そこで、どうすれば遊び場が
    つくれるか、よくよく考え、考えたことをひとつずつ行動にうつします。

     会社や学校で与えられた課題をこなすかのように、二人は自分たちの望んだ
    遊び場を得るために考え行動していく様子は、階段を一段ずつ上るように丁寧
    です。

     問題解決を決して大人の上から目線ではなく、自分たちにできるところから
    ゴリ押しせずに進めていく姿は、大人の私が読んでも学ぶところがあります。
     何をどうしたら問題解決するのかよくわからないときの実用絵本でもありま
    す。ぜひ周りの子どもたちに読んでみてください。

    『エヴィーのひみつと消えた動物たち』
          マット・ヘイグ 作 宮坂宏美 訳 ゆうこ絵 ほるぷ出版

     このメルマガでも「クリスマスは世界を救う」シリーズなどでご紹介した作
    家マット・ヘイグの作品です。

    「クリスマスは世界を救う」は息子の疑問に答えて書かれ、今回は娘のリクエ
    ストによるものとのこと。自分の子どもたちのリクエストで物語を紡げるのは
    親としても作家としても最高なことですね。

     娘さんのリクエストは動物と、動物が大好きな女の子の話です。

     主人公はエヴィー。動物が大好きなだけでなく、特別な力ももっています。

     けれど、その力のことは決して人に知られてはいけないと父親に厳命されて
    いました。母親はエヴィーが小さいときに亡くなっているのは、その力が原因
    でもあるようです。

     使ってはいけない、知られてはいけない力は、問題が起きるときの原因にな
    りがちですが、エヴィーもまた、予想だにしていなかった大きな事件にまきこ
    まれていくのです。

     たくさんの動物たちの生態も紹介されるので、そこにも興味を引かれつつ、
    エヴィーがまきこまれる冒険のゴールも気になり、休憩することなくいっきに
    読みました。

     冒険のハラハラだけでなく、動物や人間が命でつながっている存在だという
    大きなテーマも胸をうちました。動物たちのイラストもとてもすてきで印象に
    残ります。

     『アリスとふたりのおかしな冒険』
     ナターシャ・ファラント作 ないとうふみこ訳 佐竹美穂 絵 徳間書店

     主人公は11歳のアリス・ミスルスウェイト。アリスが7歳のときに母親が亡
    くなってからは、父親と伯母が一緒に暮らしてアリスのことを見守っています。

     アリスは、母親が亡くなって以来、屋敷にこもりがちになっているので、心
    配した伯母の提案により、思いきって屋敷をはなれ寄宿学校に入ることになり
    ました。

     環境が変わったことで、アリスには、ジェシー、ファーガスというおもしろ
    い友人ができます。そのクラスメートの男の子たちと共に、学校生活になじみ
    はじめているときに、父親から手紙がきっかけで3人の冒険がはじまります。

     佐竹美穂さんは、物語にとけこむような精緻なイラストを展開し、読んでい
    ると、アリスやジェシー、ファーガスらが、本から出てきて目の前で会話して
    いるようなリアリティを覚えました。

     子どもたち3人の行動の原動力には、それぞれの家庭の背景が関わってきて
    います。特にアリスと父親との関係は胸が苦しくなるものがあり、近い存在の
    家族だかこそ生じてしまう、めんどうな気持ちには、なんともいえないものが
    あります。そんな気持ちの整理を助けてくれたのは、物語ることでした。アリ
    スの語る物語の力がどういうものなのかは、ぜひ読んで感じてください。

     最後にご紹介するのは、感染症について理解を深めることができるシリーズ
    第1巻です。

     『感染症と人類の歴史 第1巻 移動と広がり』
         池田光穂 監修 おおつかのりこ 文 合田洋介 絵 文研出版

     コロナ禍の社会になってから、私たちは感染症について以前よりずっと意識
    するようになってきているのではないでしょうか。

     感染症とよばれる病気は、歴史の中で何度も登場しています。それらについ
    て、イラストを多用し、九尾のキツネを案内役として登場させ、疑問点やポイ
    ントをキツネ目線(?)でわかりやすく伝えてくれているのが本書です。

     紀元前7000年頃にはじまった歴史の理解を深めるために、ページ見開き上部
    に時空列車を走らせ、そのレール上で、どのあたりの「時空」にいるか一目で
    わかるようになっているのもうれしい工夫です。

     知らないことは不安につながります。私たちは新型コロナウィルスによって
    この先どうなるのだろうという不安を感じずにはいられませんでした。ワクチ
    ン接種が進み、少しずつ落ち着いてきているものの、感染症について、いまい
    ちど整理して理解することは大事だと感じます。

     ぜひじっくり読んでみてください。

    (林さかな)
    https://twitter.com/rumblefish

  • 『星天の兄弟』


    122 大人の役割をまっとうする

     本を夢中になって読むのはいい時間を過ごしている事。
     本を読むのも体力気力が必要なので、加齢に伴い以前より夢中になることが少なくなってきているので、読んでいる間中ドキドキして展開に胸躍らせる時間は心からいいものでした。

    『星天の兄弟』 菅野雪虫 東京創元社

     書き下ろしの長篇ファンタジー作品。
     2005年に『ソニンと燕になった王子』で第46回講談社児童文学新人賞を受賞、翌年に『天山の巫女ソニン1 黄金の燕』と改題して刊行。それ以来、ずっと注目している作家の新作です。

     アジアを思わせるある王国の小さな村に、学者家族が住んでいました。父親は大変高潔な人物で、権力からも距離をもつことを意識し、慎ましく生活を送っていました。最初に結婚した妻は病気で早くに亡くなり、息子と2人で暮らしていたのですが、いい縁があり、再婚した妻との間にも男の子が生まれ、2人の息子と4人で暮らしていました。
     ところが、気をつけていたにも関わらず、政治のいざこざに否応なく巻き込まれてしまい、無実の罪で父親は牢に繋がれてしまいます。小さな村ゆえ、本当はどうだったのかという事実よりも、罪人になったということが大きなこととなり、罪人の家族となった子どもたちは、ずっと後ろ指をさされることになります。

     2人の息子、海石(ヘソク)と海蓮(ヘリョン)は6歳違い。賢く華のある2人はとても仲の良い兄弟でしたが、父親が罪人となってしまってから、その関係性が変わっていきます。

     一行一行で物語がぐいぐい動き、ヘソクとヘリョンが魅力的に成長していく
    まぶしさと共に、父親はどうなるのだろうという不穏が並行し、先の展開に、
    目を離せません。

     学者だった父親は塾を開いていて、たくさんの子弟が訪れ賑やかにすごしていたのですが、牢に入ってしまうと、それまで仲よくしていた近所の人たちが手のひらを返すような態度をとる様は、読んでいて辛くなります。

     兄のヘソクは当時十二歳。弟や母を助けていこうと必死です。

     誰かひとりだけが背負ってしまうのは重すぎても、家族の中で長男という立場のヘソクは、自分にできることを強く意識します。けれど、その重圧は十二歳の子どもが耐え続けるのは難しすぎました。

     ヤングケアラーという言葉を思い出しました。名称がつくことで、ここ最近新聞などでもとりあげられるようになり、本来は大人がする仕事や家事を、担う大人が不在故、子どもが背負っている現状です。ヘソクもそうなっていました。

     心をやられないためには、家族から離れることも大事。賢いヘソクがどこまで見越していたのか、彼のとる行動は後になればなるほど納得できます。

     そしてヘリョン。
     ヘリョンはヘソク以上に人間力を感じます。もちろん比較する必要はないのですが、2人だけの兄弟が6歳違いという年齢差で、それぞれの見えるものが違うということろも、作者は細かく描きます。

     兄は家に降ってきた厄災を受け止め母親と弟を支え、後に様々な尽力で家に戻ることができた父親も受け止めます。けれど、ヘリョンは父親を丸ごと受け止めることはできませんでした。知的で周りに慕われていた時の父親を、ヘリョンは知らないからです。厳しい牢での生活ですっかり老いてしまい、心も疲れさせた父親に、昔の面影はありません。

     兄弟2人とも、親思いで賢く見目麗しい。けれど、無理な我慢はし続けなか
    った。ある意味それは清々しく、それぞれに自分の進む道を切り開いていくと
    ころは、読んでいるものの気持ちも鼓舞させます。

     苦しい展開になっても向日性を失わないのが2人の強さ。

     辛く苦しいことを理由に闇に向かわせない
     人間のもつ屈託のなさを丁寧に描きます。

     うーん、それにしても1冊でまとめるにはもったいない話です。
     本当は3人きょうだいにしたかったけれど、ページ数の関係で2人にしたと菅野さんがSNSで書かれていましたが、3人の話も読んでみたかった。

     あとこの物語の魅力は大人がかっこいいこと。(嫌な大人もいますが)
     私の推しは愛嬌(エギョン)。父親の教え子で成功した商人である斗靖(ドジョン)の家の使用人だったエギョンは、父親を助けて欲しいと願いに来た、ヘソクとヘリョンに好感をもち、後に、ドギョン家を出て、ヘソクたちの家に家政婦としてやってくるのです。それ以来、エギョンは2人をずっと支え続けます。

     ヘリョンがあることを成し遂げるために、危険な戦いに関わることになった時もエギョンは側で支えてくれます。いよいよ厳しい時を迎えるとき、ヘリョンはエギョンに感謝の気持ちを伝えると、エギョンの返す言葉がこれです。

    「そんなの、大人が子どもにする当たり前のことですよ。当たり前のことに、
    お礼はいりません」

     そしてエギョンは自分の意志で戦いのある危険な場所に来たのだと、誰かに命令されたわけでないのだといいます。

    (自分で生きる場所も死ぬ場所も選べるなんて幸せな女、そういませんよ)

     そう心でいうエギョン。

     自分ではどうすることもない運命を引き受けて生きるヘソクとヘリョンと共にエギョン他、かっこいい大人が何人も出てくるファンタジー。

     たくさんの人に読まれる物語になりますように!

     続編も希望します。

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    (林さかな)
    https://twitter.com/rumblefish