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  • 『ジュリアが糸をつむいだ日』『ぼくたちは幽霊じゃない』『キツネのはじめてのふゆ』『ぼくはなにいろのネコ?』

    1/10日号で配信された「書評のメルマガ」では『ジュリアが糸をつむいだ日』『ぼくたちは幽霊じゃない』『キツネのはじめてのふゆ』『ぼくはなにいろのネコ?』をご紹介しました。
    http://back.shohyoumaga.net/

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    ■「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
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    91 見える世界を広げよう

     年が明けました。
     2019年がもどうぞよろしくお願いいたします。
     平和な一年になりますように。

     『ジュリアが糸をつむいだ日』
      リンダ・スー・パーク 作
      ないとうふみこ 訳 いちかわなつこ 絵 徳間書店

     2002年『モギ ちいさな焼きもの師』(片岡しのぶ訳/あすなろ書房)でニューベリー賞を受賞したリンダ・スー・パークが書いた物語です。

     主人公のジュリアは7先生。親友のパトリックと一緒に、〈楽しい農業クラブ・プレーンフィールド支部〉略して「楽農クラブ」に入りました。一年に一度、クラブの生徒たちは自由研究のテーマを決め、半年ほどかけて研究し、発表します。優秀な生徒は州の品評会で発表することができるので、それを目標にみな頑張ります。

     2人はジュリアのお母さんの提案もありカイコの飼育をテーマにするのですが、ジュリアはあまり気乗りがしませんでした。しかし一緒に研究するパトリックと共に、カイコの飼育がはじまると、だんだん愛着が増してきます。生き物を育てる楽しみに目覚めるジュリアです。

     カイコを飼育された方なら、カイコの魅力をご存知でしょう。私もその一人。卵から成長していくカイコの姿にずっと寄り添っていると、かわいらしくてたまらなくなります。

     餌となる桑の葉を集めるのは飼育の柱です。しかし、ジュリアたちが探すも簡単には見つかりません。ようやく、桑の木のある家のディクソンさんと関わりをもてるようになるのですが、ディクソンさんとの出会いは、カイコの事だけではなく、ジュリアたちの世界をも広げるきっかけになります。

     ジュリアがカイコの飼育を通して視野が広がっていく成長物語は、 カイコ好きにとって(私です・笑)たまらない物語です。

     『ぼくたちは幽霊じゃない』
     ファブリツィオ・がッティ 作 関口英子 訳 岩波書店

     ティーンの喜びや悩みをつづった作品シリーズであるSTAMP BOOKSの一冊。

     物語は実際の体験談がもとになったもので、アルバニア人のヴィキがイタリアに渡り、どのような暮らしをしていたかが描かれています。

     苦労してイタリアに渡ったものの、難民のヴィキたち家族は、滞在許可証がおりるまでは不法滞在なため、町なかを歩くときは警察の職務質問を受けずにすむよう注意が必要です。ヴィキは母親にイタリアに行けばいい暮らしができるって言ってたじゃないかと問うのですが、状況がすぐに変わることはありませんでした。

     訳者あとがきによると、イタリアには「学校はすべての人に開かれる」と憲法に明記されているそうです。だからこそ、ヴィキたちも、公立小学校に通っている間は、イタリアに住んでいても、いないものと扱われる幽霊扱いではなく、一人の人間として勉強を教わり学び続けることができます。

     丹念に描かれる泥地でのバラック生活や日々の不安定さは物語の最後まで続き安易なカタルシスで終わっていません。

     それでも、未来への希望をもって毎日を生きるヴィキと出会うことで、知らなくてはならないことをまた一つ教わります。

     次に紹介するのは絵本です。

     『キツネのはじめてのふゆ』
      マリオン・デーン・バウアー 作 リチャード・ジョーンズ 絵
      横山和江 訳 すずき出版

     親から離れてはじめての冬を迎えたキツネ。冬がきたら何をしたらいいのか、さまざまな動物たちに教えてもらいます。

     けむし、カメ、コウモリ、リス、ガン、カンジキウサギ、クロクマ。

     たとえばカメはこう教えてくれました。

     「しっぽを そらにむけて、あたまから とびこむんだ。
     みずの そこへ むかってね。
     それから、ひんやりした どろに からだを つるりと うずめるのさ」

     キツネと動物たちのやりとりは、
     言葉は詩的で、暖色系の絵は言葉をつつみこむようにやわらかです。

     しかし、いろいろ教えてもらっても、キツネにはピンときません。

     そんなキツネが最後に出会ったのは――。
     
     絵本にはめずらしく訳者あとがきがついていますが、それがキツネの行動をよく理解させてくれます。

     冬の季節に親子で楽しめる絵本です。

     もう一冊絵本をご紹介します。

     『ぼくはなにいろのネコ?』
     ロジャー・デュボアザン さく 山本まつよ やく 子ども文庫の会

     1974年にニューヨーク科学アカデミーの児童書部門賞を受賞した作品。

     版元紹介によると「(印刷に)使える色数が少なければ少ないほど、力を試される」と語るデュボアザンが、さまざまに混ざり合っている美しい色の世界を子どもにわかりやすく伝えるものになっています。

     黄色、青、緑などそれぞれの色が自分たちの色がいかにすばらしいか彩りをみせて読者に語りかけます。そこに子ネコのマックスが、色に対して意見をはさみ、色への理解を深める助けをしてくれます。

     一つの色での美しさ、重なり合うことによる美しさ。色のもたらす不思議さがわかりやすく描かれ、科学の絵本としてもおすすめです。 

  • 「本の雑誌」2019/1月号 新刊めったくたガイド(海外文学)

    新刊めったくたガイド、海外文学を担当することになりました。
    とりあげた本はこちら↓。

  • 『変化球男子』『明日のランチはきみと』『サイド・トラック  走るのニガテなぼくのランニング日記』『シロクマが空からやってきた』『クリスマスのおかいもの』 『ゴッホの星空 フィンセントはねむれない』『ねむりどり』『シルクロードのあかい空』

    12/10日号で配信された「書評のメルマガ」では『変化球男子』『明日のランチはきみと』『サイド・トラック  走るのニガテなぼくのランニング日記』『シロクマが空からやってきた』『クリスマスのおかいもの』 『ゴッホの星空 フィンセントはねむれない』『ねむりどり』『シルクロードのあかい空』をご紹介しました。
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    ■「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
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    90 豊かで複雑な雑多な世界

     いよいよ今年最後のメルマガ記事になります。
     みなさんにとって2018年はどんな一年だったでしょうか。
     もう来月は新しい年!

     今年をしめくくる本としてどれを紹介しようかと読んでいたら、どれもこれ
    もアタリばかりでうれしくなったので、できる限りご紹介します!

     トップバッターはこちら。

     『変化球男子』
     M・G・ヘネシー 作 杉田七重 訳 すずき出版

     おもしろいタイトルに惹かれて読み始めたら、ものすごい吸引力!
     ロサンゼルスの中学校に通う男子、シェーンが主人公。野球部で活躍し、ジョシュという大親友もいて、学校生活をエンジョイしています。
     思春期まっただなかのシェーンには悩みもあり、それはなかなか人にはいえないもので、親友にも秘密にしています。
     さて、その秘密とは――。

     シェーンの悩みとは、女の子の身体なのに、心は男の子ということ。離婚している両親のうち一緒に暮らしている母親は理解しているのですが、父親は手術を受けて身体も男の子になりたいシェーンの気持ちをまるごと受け入れるこ
    とができません。悩みを軸に、家族、親との関係、友情などたくさんのことが語られていて、シェーンの悩みはどう着地するのか。このテーマ、悩んでいる日本の子どもたちにも届いてほしい本です。

     『明日のランチはきみと』
     サラ・ウィークス/ギーター・ヴァラダラージャン 作
     久保陽子訳 フレーベル館

     アメリカ人作家、サラ・ウィークスと、インド人でアメリカ在住の小学校教師、ギーター・ヴァラダラージャンの2人で執筆した作品です。
     主人公のラビはインドからアメリカに引っ越してきた小学5年生。インドでは優秀だったので、アメリカでも勉強に遅れをとることはないと思っていたのですが、インド式計算もクラスの先生には受け入れてもらえず、いままで優等
    生のスタンスでいたがゆえに、落ちこぼれのレッテルを貼られてしまうギャップに苦しみます。
     もう一人の主人公はジョー。「聴覚情報処理障害」という聴く能力に問題があり、自分に自信がもてず学校では消極的です。
     
     物語はこの2人のシチュエーションが交互に語られます。お互いのバックグラウンドはかなり違うのですが、少しずつ打ち解けていき、一週間も過ぎると2人はぐっと近しくなっていきます。

     文化の違う国に転校するハードルの高さ、それを超える大変さがユーモアも交えて書かれていて読後感が爽やかです。

     『サイド・トラック
      走るのニガテなぼくのランニング日記』
     ダイアナ・ハーモン・アシャー作 武富博子訳 評論社

     主人公の少年フリードマンは「注意欠陥障害」を抱えています。運動音痴にも関わらず、新しくできた陸上部に入り、クロスカントリー競走に挑戦することに。

     スポーツ物語とくれば、中心にすえられるのは、スポーツ得意な人物が多いですが、今回はそうではありません。サブタイトルにあるように、走るのニガテなぼくのランニング日記なのです。

     登場する人物で魅力的なのは、フリードマンを支えるのは79歳のおじいちゃん。高齢者住宅〈ひだまりの里〉にいたのだが、ある事がきっかけでフリードマンの家で同居することになるのです。フリードマンのよき理解者であるおじ
    いちゃんは、クロスカントリーに挑むことを誰よりも応援します。

     そしてもう一人、転校生の女子ヘザーも、フリードマンのよき友だちになり、2人の友情も物語の柱です。

     最初は望まなかったクロスカントリー走、フリードマンはどんな風に走るのか、本書でぜひみてください。

     『シロクマが空からやってきた』
     マリア・ファラー 作 ダニエル・リエリー 絵 杉本詠美 訳
     あかね書房

     シロクマシリーズ第二弾。とはいえ、前巻を読んでいなくても気にしなくて大丈夫です。

     主人公ルビーの母親は、父親と離婚して以来、仕事も手につかず、幼い弟の世話もルビーに任せることが多くなっていました。ルビーは必死で母と弟を支えますが、そうはいってもまだ子どもなのです。

     そんなルビーの前に、シロクマがあらわれます。たくさん食べる(つまり、食費もかかる)体の大きなシロクマを住んでいるマンションョンに連れていくわけにはいきません。けれど、なりゆきでマンションの下の階に住んでいるモ
    レスビーさんの助けもあり、シロクマとの生活がはじまります。

     言葉は発しないシロクマですが存在感と行動力はあります。ルビーも次第にシロクマと打ち解けていき、母親の問題も解決に向かっていきます。

     ものいわず寄り添ってくれる(静かにではないですが)シロクマの存在感が伝わってきて、ルビーの心がほぐれていくのにほっとします。親が病気になった時、子どもは大人の役目も担わされることがあります。そんな子どもたちの
    ことはヤングケアラー(若い介護者)と呼ばれ、日本にも少なくない子どもたちが同じ立場にいます。

     物語のあったかさと子どもの問題をやんわりしっかり伝えてくれる好著です。

     さて、12月といえばクリスマス!
     贈り物におすすめの絵本、
     ストレートにクリスマスを楽しめる絵本をご紹介します。

     まずはこちらから。

     『クリスマスのおかいもの』
     ルー・ピーコック ぶん ヘレン・スティーヴンズ え こみや ゆう やく
     ほるぷ出版

     ペン画に水性の色をのせた、あたたかい雰囲気のクリスマス絵本。

     男の子のノアはママと赤ちゃんの妹メイの3人でクリスマスプレゼントの買い出しに出かけます。

     ママは小さい子ども2人と一緒なので、ノアたちに目をくばりながら、プレゼントの買い物に集中していきます。ノアは大事なオリバー(ゾウのぬいぐるみ)と一緒にメイと遊んで待っています。

     買い物が終わり、一息ついたとき、ノアは気づくのです。オリバーがいない! 大変! 買い物の次はオリバー探し……。

     オリバーの存在の大事さをママがしっかり受けとめているからこそのラスト。
    クリスマスの幸福感に満ちています。

     贈り物絵本でおすすめはこちらの3冊。

     『ゴッホの星空 フィンセントはねむれない』
     バーブ・ローゼンストック 文 メアリー・グランプレ え 
     なかがわちひろ 訳 ほるぷ出版

     この絵本では、画家になるまえのゴッホが描かれます。子どもの頃から、夜中に何度も目を覚ましていたこと、夜でも嵐でもひとりで散歩に出かけていたことを、私はこの絵本で初めて知りました。

     その時に感じた心持ちが後に夜空を描くときに塗り込められたのでしょうか。
     ゴッホの絵といえば、ひまわりもすぐ思いつきますが、夜空の絵も強い印象を残します。我が家の高校生の娘っこにゴッホの絵で何がすぐ思いつく?と聞いたところ、星空が独特だよね、とこたえてくれました。

     夜なかなか眠れなかったゴッホが、画家になり、「色彩をつかって夜の闇をえがくこと」を自身の課題とし、独特な夜空を描いていく過程を本書でじっくり楽しめます。

     『ねむりどり』
     イザベル・シムレール 作 河野万里子 訳 フレーベル館

     『シルクロードのあかい空』
     イザベル・シムレール 文・絵 石津ちひろ訳 岩波書店

     シムレールの絵本は、とにかく強いインプレッションを読み手に与えてくれます。

     ひっかいたような細い線で幾重にも色を重ね、その繊細さの重なりがハッとさせる美しさにつながっているのがシムレールの絵。

     『ねむりどり』では羽毛のふわふわさが、紙の上からもリアルに感じられ、ついつい手がのびて紙の上からなでてしまいます。

     『シルクロードのあかい空』では山裾にしずむまっかな夕陽の明るさとともに、強い目力をもつ子どもも印象に残ります。

     贈り物にもぴったりですし、
     直接手にとって時間をかけてみて欲しい絵本です。

  • 『ルイーズ・ブルジョワ 糸とクモの彫刻家』『せん』『オレゴンの旅』

    11/10日号で配信された「書評のメルマガ」では『ルイーズ・ブルジョワ 糸とクモの彫刻家』『せん』『オレゴンの旅』の3冊をご紹介しました。
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    ■「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
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    89 芸術の贈り物

     『ルイーズ・ブルジョワ 糸とクモの彫刻家』
      エイミー・ノヴェスキー 文 イザベル・アルスノー 絵
      河野万里子 訳 西村書店

     イラストレーター、イザベル・アルスノーの作品をひとめみたときから、これは追いかけて読みたい絵本作家だと注目してきました。グラフィック・ノベル『ジェーンとキツネとわたし』も2015年にメルマガで紹介しています。

     今回の絵本は彫刻家ルイーズ・ブルジョワの生涯を描いたもので、エイミー・ノヴェスキーが文章を書いています。

     芸術家の評伝と絵本はとても相性がよく、ルイーズの芸術の本質が別のアーティストによって違う色彩で輝き、印象づけられます。

     母親はタペストリーの修復を仕事としており、ルイーズは12歳になると、母親の仕事をおぼえはじめ、修復の線や下絵を描くようになります。修復が必要なタペストリーのすその部分だったので、必然的にすその部分――人の足を描くのが上手になったそうです。

     母と一緒に修復の作業をしたことは、ルイーズの原点となり、大学では数学を専攻したにもかかわらず、母親が亡くなったあとは、修復する――つなぎあわせ、完全なかたちにもどす――ことを仕事にしていきます。

     しかし、母の死はルイーズの未来を変えました。

     絵を描き、織物を織っても、母に会いたい気持ちはおさまらず、彫刻でそれはそれは大きなクモをつくるようになります。
     ブロンズや鉄など様々な素材でクモをつくり、題を「ママン(おかあさん)」とつけました。

     32歳のときにタペストリーの個展をひらき、6年後に初の彫刻作品を発表。71歳のときに、ニューヨーク近代美術館(MOMA)で開催した回顧展でとうとう世界的に認められたのです。

     ルイーズは子ども時代の思い出が、創作におけるインスピレーションの源と語っており、なぜ「クモ」を題材にしているかも絵本で紹介されています。

     アートを強く感じる本書は子どもにも大人にも刺激を受ける一冊としておすすめです。

     『せん』
      スージー・リー 岩波書店

     そぎ落とされたシンプルな線で描かれた絵本。
     スージー・リーは、デッサンの線から豊かな物語を絵で語りかける作家です。

     赤い帽子をかぶった少女はスケートでリンクに美しい線をつけていきます。

     見開きの白いページで少女はすべるのですが、あら、スケートリンクだと思っていたのは紙??と疑問符がよぎる、少しトリッキーな展開のあとは「せん」のもたらす妙味に唸らされるのです。

     サイレントムービーのように言葉なく「せん」のみで描く少女のスケート世界の豊かさに、みているだけで満足感がこみあげます。

     最後にご紹介するのは、うれしい復刊絵本。

     『オレゴンの旅』
      ラスカル 文 ルイ・ジョス 絵 山田兼士 訳 らんか社

     セーラー出版で刊行されていた『オレゴンの旅』が復刊です。
     (ご存知と思いますが、らんか社は2013年にセーラー出版から名前が変更になった版元です)

     星のサーカス団でデュークはオレゴンという名のクマと友だちになります。
     オレゴンはデュークに大きな森に連れていってほしいとお願いします。

     デュークはクマのオレゴンが口をきけることに驚くものの、願いをかなえるべく、ふたりでサーカス団を離れることに同意します。

     デュークはピエロでした。そしてピエロの恰好のまま、オレゴンと旅をします。

     ヒッチハイクをしたとき、運転手のスパイクはデュークになぜ赤いハナつけおしろいをぬっているのかたずねます。

     「顔にくっついてとれないんだ。小人(こびと)やってるのも楽じゃないんだよ…」 
     「じゃあね、世界一でかい国で黒人やってるのは、楽だと思うかい?」

     どのページもタブローのような完成度で、
     少しもの悲しさをただよわせる旅の空気感がリアルです。

     オレゴンとの約束を果たしたあとのデュークがとてもかっこいいので、見てほしい。

     10代の本棚におすすめしたいとらんか社さんからのメッセージなので、我が家の高校生の娘っこと一緒に読んだところ、

     「かっこいいー!」

     オレゴンの旅の絵本が放つメッセージをひとりの高校生には伝わったようです。

  • 『ジャーニー 国境をこえて』『ソフィーのやさいばたけ』『わたしたちだけのときは』

    10/10日号で配信された「書評のメルマガ」では『ジャーニー 国境をこえて』『ソフィーのやさいばたけ』『わたしたちだけのときは』の3冊をご紹介しました。
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    ■「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
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    88 移動する、その先にあるもの

     『ジャーニー 国境をこえて』
     フランチェスカ・サンナ 作
     青山 真知子 訳
     きじとら出版

     描かれているのは、
     どこの国かを特定せずに、
     戦争がきっかけで、自分の国から「安心してくらせる」よその国へ旅に出る親子。

     夏になると家族そろって海を楽しんでいた暮らしは、戦争でかきけされ、めちゃくちゃにされました。

     デフォルメされた中間色の絵の中で、戦争の暗い影だけは濃い黒でぬられ、その色をもってして残酷さが際立ちます。

     黒い影の手から離れるために、親子を含め多くの人がいままでの暮らしを後ろに残して、本当は望まない長い長い旅に出なくてはならない状況を絵が訴えます。

     絵本では「安心してくらせる」よその国にたどりつくところは描いていません。たどりつこうと動いている進行形がそこにあるだけです。

     帯の言葉を書いているのは、自分の国を離れて8歳のときに日本にきた女優のサヘル・ローズさん。
     育ての親と2人で来日してからも生活はすぐに軌道にのらず、きびしい生活が長く続いたそうです。

     サヘル・ローズさんが帯に書かれた言葉には体験の重みを感じます。

     

      「ただいま」といえる故郷はありますか?
       戦争が奪うのは命だけじゃない、笑顔も居場所も奪った。
       それでも彼らは、そして私も生きようとしている。

     絵本を刊行したきじとら出版では、本書を題材にして人権を学べるように、ワークシートをHPで公開していますのでぜひ下記を参照ください。

     

    http://kijitora.co.jp/
     「本のご紹介」>「ジャーニー 国境をこえて」からダウンロード

     次にご紹介するのは、自分たちの土地で野菜を育てる絵本です。

     『ソフィーのやさいばたけ』
     ゲルダ・ミューラー 作 ふしみ みさを 訳  BL出版

     オランダ生まれ、現在はパリで生活しているゲルダ・ミューラー。彼女の描く自然に私はとても惹かれます。花や野菜についている土がリアルに感じるからです。

     87歳の絵本作家が描いたのは、夏休みに田舎の祖父母宅に遊びに行ったソフィーです。ソフィーは祖父から、畑道具と、自分の好きなものを植えていい畑をもらいます。

     虫がいるおかげで、花は実をつけることを、ソフィーは祖母に絵をかいてもらいながら教えてもらいます。
     
     お日様の下にある畑だけでなく、夜空の下でも育っている野菜、夏からはじまり、秋、冬、春と季節がめぐる様子、
     
     作者ゲルダ・ミュラーは、ソフィーの祖父母のように、私たち読者に野菜の育ちみせてくれます。

     キャベツ、エンダイブ、ズッキーニ、ケール、パセリ、トマト、
     セイヨウミツバチ、クマバチ、オニグモ、ヨトウガ、かたつむり。

     生き物がたくさんいる畑の豊かさが絵本に満ちています。

     最後に紹介する絵本にもおばあちゃんが登場します。

     『わたしたちだけのときは』
      デイヴィッド・アレキサンダー・ロバートソン 文
      ジュリー・フレット 絵 横山和江 訳 岩波書店

     遊びにきた孫娘が祖母にいろいろ質問します。

     「ねえ、どうしてそんなにきれいないろの、ふくをきてるの?」
     「どうして、かみの毛をながくのばしているの?」

     「それはね……」

     子どもの頃は自分の好きな服が着られず、みな同じ服を着なければいけなかったこと等、先住民族の同化政策を、孫娘にとどく言葉で語ります。

     それは、どれほど同化政策を押しつけても、心は自由と幸せを求めていた祖母の言葉でした。

     深みのある色合いで、時代に抵抗することの厳しさを超えて、自由にくらせるいまを生きている祖父母たちが描かれ、余韻が長く残りました。

     『ジャーニー 国境をこえて』の親子が、ソフィーや『わたしたちだけのときは』の祖父母や孫娘のように安心してくらせる所にいつか落ち着けますように。

  • 『おとうさんとぼく』新装版

    9/10日号で配信された「書評のメルマガ」では『おとうさんとぼく』新装版をご紹介しました。
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    ■「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
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    87 日常と非日常

     豪雨、台風、酷暑、そして地震。立て続けに日本のあちこちを襲う災害、被災地のみなさまに心からお見舞いを申し上げます。これからの復興に向けて、心身共に疲れがでてくると思います。休めるひとときが少しでも長くあります
    ように。

     大きな災害がおきると、当事者ではなくても何かできることはないだろうか、こんな事が起きるなんてと心を寄せる人は何かしら共に傷ついていると思います。

     今年2月に地元の博物館で「語りがたきものに触れて」というクロストークイベントに参加しました。そのとき、久保田翠さん(認定NPO法人クリエイティブサポートレッツ理事長)が、東日本大震災で傷つかなかった人がいるの
    でしょうかと話をされ、ああ、そうだと深く納得しました。

     私は震災から数年にわたって、本を以前のように読めなくなりました。心にすっと入らなくなり、読むのに時間もかかるようになりました。

     なので、今回はどの本について書こうかいろいろ悩みました。
     思いついたのがこの本です。

     このメルマガでは8年前にも一度ご紹介したe.o.プラウエンのマンガが、今年、岩波書店から新装版で刊行されました。

     『おとうさんとぼく』e.o.プラウエン 岩波少年文庫

     1985年に2冊組で刊行されたものを、内容を一部変更し1冊の形になっています。

     言葉のないコママンガです。
     おとうさんとぼくの2人の何気ない日常が描かれ、言葉がなくてもやりとりの意味はよくわかるものばかりで、読んでいるとクスクス笑いがこぼれます。

     おとうさんはぼくが大好きで、ぼくもおとうさんが大好き。
     仲良しのときもあればケンカするときもある。

     ぼくが読んでいた本をおとうさんが背中ごしに読み、そのうち夢中になったおとうさんが、本を手によみはじめ、いつしか、ぼくがおとうさんの背中ごしに本を読んでいます。立場が逆転してしまうほど、夢中になるおとうさんはまるで子どものようです。

     夏休みをスペシャルなものにしようと、眠っているぼくをどこかに連れ出すおとうさんも、何より自分が楽しみたいのではとそのワクワクぶりが伝わってきます。

     どのエピソードも、ユーモアたっぷり、愛情たっぷり。
     
     いつ読み返しても夢中になれる、大好きなこの本を高校生の時以来、30年以上何度も読んできました。心がざわついたときに読むとすっと落ち着けます。

     新装版にも上田真而子さんの解説が掲載され、それに加え、エーリヒ・ケストナーによるプラウエンについた書いたエッセイも入りました。どちらの文章もこのマンガが書かれた背景について深く考えさせられます。

     プラウエンはナチスの時代に生きた作家です。
     上田さんの解説にはこう書かれています。

    「世の中が刻々ナチスのかぎ十字とかっ色の制服にぬりつぶされていったあの暗い時代に、いっときにしろ、自然に、自由に、心の底から笑えるものに出会ったよろこびを、いまも回顧する年配のドイツ人が少なくありません。『おとうさんとぼく』は全体主義の中で人間性をおしつぶされていた1人1人が、ほんとうの人間に出会えてほっと一息つけるオアシスでした」

     プラウエンの『おとうさんとぼく』が私にとって特別な本になったのは、上田さんの文章があったからでもあるのです。
     その上田さんも昨年暮れに逝去され、さみしい限りですが、翻訳された本や解説を書かれたを本を含め、これからも読み継がれていくことでしょう。

  • 『わたしのくらし 世界のくらし 地球にくらす7人の子どもたちのある1日』『すいかのプール』『おやすみなさい トマトちゃん』『この計画はひみつです』

    8/10日号で配信された「書評のメルマガ」では『わたしのくらし 世界のくらし 地球にくらす7人の子どもたちのある1日』『すいかのプール』『おやすみなさい トマトちゃん』 『この計画はひみつです』の4冊をご紹介しました。
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    ■「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
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    86 空は高く青く、夜空には星がまたたく

    酷暑が続き、各地で最高気温を記録しています。
    豪雨被害の被災地ではまだまだ生活再建に時間がかかり本当に大変ですが、休めるときは少しでもゆっくりできますように。

    さて、夏休みの季節になり、涼しい部屋で本を読む時間をもてているでしょうか。
    最初にご紹介する絵本は、7つの国、それぞれで暮らす子どもたちが描かれています。

    『わたしのくらし 世界のくらし
    地球にくらす7人の子どもたちのある1日』
    マット・ラマス 作・絵 おおつかのりこ 訳 汐文社

    イタリア・日本、イラン、インド、ペルー、ウガンダ、ロシア、これら7つの国に住んでいる子どもたちの様子が見開きいっぱいに紹介されます。

    子どもたちの表情、学校に着ていく服、授業の様子、学校の先生、名前の書き方、放課後の過ごし方――。

    見開きに複数の国の子どもが紹介されているので、様子の違いがひとめでわかります。どんな洋服を着ているのか、どんな遊びをするのか、食べ物はどういうものを食べているのか。丁寧に描かれた絵から、その先にある生活のリアルさが感じられます。

    作者のマット・ラマスさんは、この子どもたちが、その国や文化の代表だとはいえませんと説明を加えています。代表ではなくても、自分たちの国以外の生活をみることは、世界を広げてくれます。違っているところ、似ているとこ
    ろ、知るのは楽しい読書体験です。
    それに鳩や猫、馬なども描かれているのですが、動物は各国ほとんど同じです。私は鳩が食べ物をついばむ小さなシーンが大好きです。どのシーンも、何が描かれているのか観察し、発見があります。

    巻末には用語集もあり、例えば、ごはんのページに登場する料理がどんなものか教えてくれるので、食べたことがなくてもイメージがわきます。

    そしてなにより私がこの絵本でハッとしたのは7つの国の子どもたちの共通点です。互いの国で同じにみえるものがあることに、あらためて感動し近しさを感じます。
    ぜひみてみてください。

    次にご紹介するのはいまの季節にぴったりの絵本。

    『すいかのプール』
    アンニョン・タル 作 斎藤真理子 訳 岩波書店

    今年は韓国文学がにぎやかで、翻訳者の斎藤さんのお名前をよく見かけます。
    絵本にも活躍の場が広がっていて、うれしいかぎり。

    本文を引用します。

     「まなつのお日さま あっつあつ。
    すいかはすっかり じゅくしてます。

    すいかのプールの プールびらきです。」

    すいかプールの管理人さんでしょうか。大きな麦わら帽子をかぶった白髪のおじさまが、すいかプールをチェックします。

     「うーむ、きもちいい

    プールびらきを知った子どもたちは、走ってプールに向かいます。

    たっ たっ たっ たっ たっ たっ」

    足音が聞こえてきそうです。

    この足音にはじまり、絵本には音がいっぱい登場します。
    すいかプールに入る音、ちゃぽーん。
    さっく さっく さっく さっく
    足でぴちゃぴちゃすれば、すいかジュースもたまります。

    子どもだけでなく、妙齢の大人も楽しんでいるのに、ニヤニヤします。
    暑いですからね。

    プールのまわりの出店も味があります。

    夜になり、最後の子どもが帰ると、すいかプールも店じまい。

    絵本の中に入りこみたくなる、引き込み力抜群のお話です。
    夏の間にぜひ読んでください。

    続いて、こちらもいまの季節にぴったりの絵本。

    『おやすみなさい トマトちゃん』
    エリーザ・マッツォーリ 文
    クリスティーナ・ペティ 絵
    ほし あや 訳 きじとら出版

    今年の東京都板橋区いたばしボローニャ子ども絵本館主催、
    いたばし国際絵本翻訳大賞〈イタリア語部門〉受賞作品です。

    きじとら出版では、翻訳受賞作の絵本を刊行しており、本作は今年受賞したものです。

    表紙で大泣きしているのは、主人公のアニータ。
    トマトが大嫌いでいつも残しているので、とうとうおかあさんはトマトを食べ終わるまで、トマトと一緒に部屋にいるようアニータに言いました。

    アニータはいつか気が変わって呼んでくれると、楽観的にかまえていましたが、なかなかそうならず、おなかはすくばかり。

    他にすることもないので、トマトを相手におかあさんごっこをはじめます。
    アニータはおかあさん役。
    あやして、遊ばせて、寝かしつけて、そして……。

    トマトはリアルな写真がコラージュされ、思わず指でさわってみたくなるほど赤くてピカピカきれいです。

    アニータがおかあさんごっこで、トマトちゃんと近くで過ごしているうちに芽生えてくる感情にふふふと笑いがこみ上げてきます。

    赤くておいしそうなトマトちゃん。
    どこでねんねしているかな。

    さて、今号最後にご紹介する骨太絵本はこちらです。

    『この計画はひみつです』
    ジョナ・ウィンター 文 ジャネット・ウィンター 絵
    さくまゆみこ 訳 すずき出版

    ジャネット・ウィンターは、伝記や実際にあったことを描いた作品を多くつくっている絵本作家です。文章を書いているのは、息子。ノンフィクション絵本を手がけています。

    この2人が描いたのは、核です。

    1943年3月、アメリカ合衆国政府は、科学者を集めて、ひみつの計画をスタートさせました。科学者たちが作り出したものは、最初の「原子爆弾」です。1945年7月16日、ニューメキシコ州南部の砂漠で、最初の核実験が行われたのです。

    ジャネット・ウィンターの絵は、マットな色調とやわらかな線で描き、率直にできごとを伝えてくれます。

    世界で最初に行われた核実験の影響は、2018年現在も続いており、アメリカ政府は2014年になって、その当時住んでいた人たちの健康調査をはじめました。70年過ぎてからです。

    私は最初にこの絵本を読み間違えていました。この実験の後に日本に2度核爆弾投下されることについて書いているのかと勘違いしたのです。

    しかし、この絵本を読んだ2週間後、ノーマ・フィールドさん(※)の学習会に参加する機会を得て、このトリニティ実験について詳しく知ることができ、絵本をあらためて読み直しました。

    大人がした愚かな行為を、子どもにわかるように絵本の形で伝えていることは意義があると思います。強い印象を残す、実験後のキノコ雲の絵、そしてラストのページの意味することを、これからも大人は伝えていかなくてはいけないのです。

    絵本の著者あとがきと、訳者あとがきも読みごたえがあります。

    知らなくてはいけないことが描かれている大事な絵本です。

    (※)ノーマ・フィールド
    日本で生まれ、米国シカゴ大学で日本文学を教えてきた。
    原爆投下や原発事故の「被ばく者」に寄り添いながら、日本社会に発言を続けている。(2016年4月26日朝日新聞の紹介文より)
    http://digital.asahi.com/articles/ASHD66560HD6PTIL00P.html

  • 『山の上の火』『アンデルセンのおはなし』

    7/10日号で配信された「書評のメルマガ」では『山の上の火』『アンデルセンのおはなし』の2冊をご紹介しました。
    http://back.shohyoumaga.net/

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    ■「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
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    85 普遍的な物語の効能

     各地の水害で避難にあわれたみなさまの日常が、一日も早くもどってきますように。孤立されている方々が無事救助され、食べ物や日常に不足なものがなくなりますように。

     一年の中でおだやかに過ごせる季節が少なくなっているような感覚です。
     地震があり、豪雨があり、土砂災害があり。

     ざわざわする心持ちのとき、
     なにを読めるだろうかと考えました。

     そんなとき、
     フェイスブックで、京都の子どもの本の店「きんだあらんど」さんが、『山の上の火』というエチオピアのおはなしを紹介されていたのを読み、久しぶりに再読したところ、なんともいえない落ち着いた気持ちになりました。

     「きんだあらんど」Facebookページ
     

     アルハという若者がご主人様と賭けをします。
     スルタ山のてっぺんに一晩中、裸で突っ立っていられるかどうかです。
     アルハは賭けを引き受けてから心細くなり、ものしりじいさんに相談しました。じいさんは、スルタ山の谷を隔てたところにある岩の上で火をもやすので、それをみて山に立ち続けることを提言しました。

     直接あたためない火でも、その火を燃やし続けてくれるじいさんの気持ちはアルハを一晩山の上で立たせる力の源になりました。
     
     その後の話は一筋縄ではいかないのですが、しめくくりはとてもよいものでした。

     この話を読んだあと、アンデルセンを読みたくなりました。

     岩波文庫や福音館文庫でも、アンデルセン童話集は刊行されていますが、この5月にのら書店からアーディゾーニが選んだアンデルセン作品が出たのです。

     『アンデルセンのおはなし』
     スティーブン・コリン /英語訳
     エドワード・アーディゾーニ/選・絵 江國香織訳 のら書店

     たくさんのアンデルセンの物語から、14編を選び絵をつけたのが、エドワード・アーディゾーニ。1979年に亡くなっている、イギリスの画家です。『チムとゆうかんなせんちょう』(福音館書店)のシリーズ絵本等の他、児童文学の挿絵も描いています。

     アーディゾーニの描く子どもは、その心情が浮かび上がってくるかのような繊細なタッチで、見入ってしまう魅力があります。

     既訳のアンデルセン作品は、大塚雄三さん(福音館文庫)も、大畑末吉さん(岩波文庫)も、簡潔ですっきりしたものですが、江國香織さんの訳文は、情景が目に見えるようで、また、すっきりした読みやすい文章は、声に出して読むとより楽しめます。

     14編をいくつか音読していると、高校生の娘もいつのまにか聞いていたほど、よく知っている話でも、ぐぃっと物語世界に引き込まれます。

     2つの話をご紹介します。

     「しっかりしたスズの兵隊」

     25人いるスズの兵隊の内、1本足の兵隊がいました。
     彼は、片足を上げて踊っている小さな女の人(紙でできています)も自分と同じように1本足だと思い、心を寄せます。同じ家のおもちゃには、びっくり箱に入った小鬼がいました。小鬼はスズの兵隊に冷たい言葉を放ちます。小鬼のしわざなのか、スズの兵隊は、家から出てしまい、紆余曲折を経て、また同じ家に戻るのですが、残酷な運命が待っていました……。

     スズの兵隊の実直な様子や、小鬼の意地悪さ、踊り子の可憐さがまっすぐに伝わり、兵隊が運命に翻弄されラストを迎えるまでずっとハラハラします。

     短い話ですが、スズの兵隊に流れる人生の時間はとても濃密です。

     「皇帝の新しい服」は「はだかの王様」というタイトルでよく知られている話です。

     衣装に目のない皇帝が、すばらしい衣装という言葉にひかれて、ペテン師にだまされてしまう話です。
     
     その役職にふさわしくない者にはみえないすばらしい衣装。皇帝より先に、チェックした側近たちもみな、役職にふさわしい事を示すために、みえない衣装をほめちぎります。

     衣装をつけたつもりで大行列する皇帝に、ひとりの子どもがぴしゃりと言います。「皇帝は何も着ていないよ!」

     この子どものひとことは、いまの私には響きました。

     はだかの王様を滑稽だと思っていたときもありましたが、いい大人になってから読むと、周りの目を気にすることをより理解できるようになったからです。

     普遍的だからこそ、このお話はいまも読み継がれるのでしょう。

     まずは、ひとつふたつ、読んでみてください。