Category: 書評のメルマガ「いろんなひとに届けたいこどもの本」

『5番レーン』『アップステージ』「用九商店」全五巻。

132 思い出の重なり  9月10日は中秋の名月でした。ひさしぶりのおだやかな夜に月を愛でることができました。しずかな夜のすてきなことよ。  さて、日中は30度を超える日があっても、朝夕は秋めいてきています。 本当は夏にご紹介できればよかったのですが、まあ、それはさておき、水泳の話です。  『5番レーン』 ウン・ソホル 作 ノ・インギョン 絵 すんみ 訳 鈴木出版  だいすきな鈴木出版の児童文学シリーズ「この地球を生きる子どもたち」の新刊は、シリーズ初の韓国児童文学です。  作者ウン・ソホルのデビュー作。挿画は、原書のままを活かされ、表紙にはプールに飛び込む寸前の5番レーンにたつ少女の姿が描かれています。  主人公の小学校6年生のカン・ナルは水泳部のエース。いつも大会ではいい記録を出していたのに、その日は4位でした。優勝したのは、どんどんつよくなっていっているライバルのキム・チョヒ。ナルは考えます。どうして勝てなかったのだろう、大会の記録映像をみていて、チョヒの水着が光っているのに気づきました。なぜ、光っているの?と疑問が頭から離れないナル。  読んでいると、自分が小学生だったころを思い出しました。体育の授業でおこなう水泳があまり好きではなかったこと。体育全般がニガテで、水泳もしかり。泳ぐことはなんとかできても、クロールの息継ぎがどうしてもうまくできず、25メートルを泳げたことがありませんでした。 あれから何十年もたっているのに、いまだに、水泳記録会の前夜にねむれなかったことを覚えています。1度でいいから、25メートル泳いでみたい、ぜもぜったい無理。緊張がとれず、頭の中ではずっとプールの水の中を想像していした。  けれど、結果的にその日だけ私は25メートル泳げました。息継ぎもできたかできていないのか当時もよくわからなかったのですが、がむしゃらに泳いで、25メートル泳ぎきったのです。プールの塩素の香りと、水中でみたレーンの色や線をいまも忘れられません。なぜそれほどまで記憶に残っているのか、思い出すたびに不思議なのですが、この物語を読みながら、久しぶりに自分が小学生時代に戻っている感覚を覚えました。  物語にもどると、カン・ナルは水泳大会でずっと勝っていました。そして勝ち続けたいと思っていました。それができなくなっているいま、自分がいやでたまりません。チョヒの水着が頭から離れません。そのうち自分の負けは水着のせいに思えてきてしまうのです。  小学生の頃は世界が狭く、自分の世界が狭いことに当然ながら気づけません。ふとしたことで、やってはいけないことにもつい手をのばしてしまう。いや、これは大人も同じかもしれません。  ナルのしたこと、ナルの後悔を読んでいくと、身に覚えがある大人はいるのではないでしょうか。  ナルがぶちあたった記録への壁、ライバルのチョヒとの関係。プールでおきる競走の世界、しかしながらそれらが2人を成長させます。  挿絵のみずみずしい水彩画では、プールの水をみているかのように透明感があり、学校のまわりの木の緑もすこやかで、そちらにも目をうばわれます。  ナルたちの成長は、一朝一夕でできたものではなく、そのまっすぐながんばりに心を動かされました。  ぜひぜひ現役の小学生に読んでもらいたい物語です。  次にご紹介するのは、シャイな少女が学校ミュージカルの舞台にたつお話。  『アップステージ』 ダイアナ・ハーモン・アシャー 作 武富博子 訳 評論社  本を選ぶとき、表紙の印象は大きい。 『アップステージ』の表紙は、ブルー系くすみ色を背景に、子どもたちの表情にユーモアと楽しさがはじけていて、これはステキ!と惹かれました。  シーラは12歳。歌うことが大好きだけれど、人前にでるのがニガテで学校では目立たないでいることを選んでいます。  けれど今年度は「シャイなシーラ」を卒業するのを目標に、親友にも背中をおされて学校ミュージカルのオーディションにチャレンジします。  この物語ではシーラがどれだけドキドキしながらオーディションを受け、そこからミュージカルづくりがはじまり、どんな舞台になっていくかが、丁寧にリズミカルに描かれています。  ひとつひとつの工程をこまかくなぞるように描いているので、がんばって練習しました、はい舞台成功!という一本の線ではなく、そもそも、なしとげるまでには、いくつものささやかな紆余曲折があり、それらの描写が愛おしい。  いきいきした子どもたちのやりとりは、舞台にむけての助走です。 読み終わって本をとじたときには、シーラたちに拍手したくなります。  最後に簡単にご紹介するのは、読み終わったばかりの台湾漫画です。  「用九商店」全五巻。 ルアン・グアンミン 沢井メグ 訳 TWO VIRGINS  燈日草(ともしびそう)という書店の店主さんにすすめられ購入したのですが、おもしろかった!「日々を燈す、本と植物」の燈日草さんは、1冊1冊面だしでおいてあり、どの本もいいなと思っていたら、「この台湾漫画がおすすめなんです」と熱く紹介され、それではと大人買い。   舞台はよろず屋「用九商店」。 屋号の由来は、    人生に必要なもの十のうち九が揃うという。   ほどほどがよいから用十にしなかった。   店主が病気で倒れて、都会にいた孫が戻ってきて、よろず屋を引き受ける。村の人たちの交流拠点でもあり、拠り所でもあるよろず屋を軸に、いろんな人の居場所が描かれてひきこまれます。 刺さる言葉もいっぱいで、これから幾度も読み返しそう。  いい漫画を教えてくださった燈日草さんに感謝! 久しぶりに書店らしい書店に行けた気持ちでした。(コロナで本物の書店から遠ざかって書店ロスしていたので、よけいです)燈日草さんは、店舗をもたず、地域の拠点施設である元小学校(木造)の一室で、月に数日開店されています。 ▼書評のメルマガの購読は「まぐまぐ!」http://back.shohyoumaga.net/

『パンに書かれた言葉』『アウシュヴィッツのお針子』

130 記憶と言葉と衣服の力 『パンに書かれた言葉』                     朽木祥 小学館  イタリア人の母、日本人の父をもつ少女が主人公。 彼女には、名前が三つあります。 光(ひかり)・S・エレオノーラ。名字は青木。 エレオノーラの意味はイタリア語で「光」。 ではSの意味は……。  冒頭、東日本大震災が起こり、その春に家族でイタリア行きを予定していた光の家族でしたが、結局、光ひとりで向かうことになりました。  イタリアの親戚たちは、みな光がきたことを歓迎し、震災の影響を心配する言葉をかけます。鎌倉に住んでいた光たちは、津波の影響は受けていませんでしたが、甚大な震災に傷つかなかった人はいません。  心が落ち着かないものの、イタリアのおいしい食事や、母親がイタリアで暮らしていた時の部屋で休んでいるうちに、家の中を探検したくなってきました。  探検で入ってみた小さな部屋で、写真とカチンカチンのパンを見つけます。  写真にうつっていたのはパオロ。光の祖母にあたるノンナの兄でした。  写真がきっかけで、ノンナから戦争の話を聞くことになりました。八十歳を超えているノンナの口から語られる戦争の話は、当時のパオロやノンナの友だちの視点で物語られます。  光はノンナの話を聞きながら、イタリアでの戦争だけでなく、広島のことも考えはじめ、日本にいる父親とメールで気持ちをやりとりします。  イタリアから日本に戻り、まだ震災でおちつかない中、夏休みを迎えますが、今度は父親の実家がある広島へ光はひとりで向かうことになります。両親ともに、仕事がいそがしく一緒に夏休みを過ごせないからです。  そして今度は広島で祖父から戦争の話を聞くのです。春にイタリアの祖母から聞いた話を考えているうちに、今度は日本の広島の話を聞きたいと思うようになったからです。  どちらの戦争の話にも言葉の力が語られます。  「言葉の力を信じていたのよ。人の心を動かす言葉の力をね」 ノンナが光にこう話ました。  イタリアの戦争中にまかれたビラには、勇気づけるために書かれた詩もありました。 日本でも、歌人が反戦の詩を書いています。  中学三年の光は、祖母、祖父から聞く歴史を自分の頭で理解していきます。  そして最後まで読むとタイトルの意味もわかるのです。  翻訳小説では訳者あとがきが記されていることが多いなか、日本文学でのあとがきはそれほど多くありません。「思いをこめて書き上げた」本書では著者による伝えたい思いが書かれています。  著者も広島出身、被爆二世。あとがきにはこうあります。「ヒロシマの物語の登場人物は過去の亡霊ではありません。未来のあなたでも私でもあるのです」。  言葉の力をあらためて実感する物語です。  もう一冊紹介するのは、大人向けのノンフィクションですが、高校生くらいからでも読めると思います。  『アウシュヴィッツのお針子』 ルーシー・アドリントン著  宇丹貴代実訳 河出書房新社  著者はイギリスの服飾史研究家。長年にわたり服飾と社会のかかわりについて研究し、著述活動のための資料からアウシュヴィッツのファッションサロンの存在を知り、関係者へのインタビューと、膨大なアーカイブ資料から本書をまとめました。  いままでも様々な切り口でアウシュヴィッツについて書かれてた本がでていますが、本書では衣服の力についてあらたな視点に気づかされました。  ナチスといえば特徴的な制服をすぐさま思い出す人は多いでしょう。 「制服は、集団の誇りとアイデンティティーを強化するために衣服を利用する典型例だ。ナチスの経済政策や人種政策は、被服産業から儲けを得ること、略奪による利益で戦争行為の費用をまかなうことを狙って策定されていた」  この考えはナチス上層部の女性も同様で、やはり衣服を重要視し、だからこそ、お針子が必要でした。  小説ではないので登場する女性たちはみな実在したお針子たちです。 絶滅収容所での彼女たちが無事生き延びられるのか、仕事をし続けられるのか。読んでいる間、死が常に隣り合わせにある緊張感にずっと肩に力を入れていました。  訳者あとがきで書かれているこの一文には心の底から同感しました。 「ホロコーストのさまざまな側面で衣服が大きな役割を果たしていた事実をこうして突きつけられると、「衣食住」ということばにあるように、衣服は食物、住居と並んで生活の基本的な要素なのだとあらためて痛感させられます。」

『たぶん みんなは 知らないこと』『目で見ることばで話をさせて』

129 想像すること 『たぶん みんなは 知らないこと』                     福田隆浩 講談社  2007年に第48回講談社児童文学新人賞を『熱風』(現在は集英社文庫で刊行で受賞した福田さんの新刊です。  重度の知的障がいのある小学5年生の女の子、すずの物語。  作者福田さんは、特別支援学校教諭。作家としてたくさんの物語を書かれていますが、本職について物語にするのははじめてです。  物語では、すずの心の声とともに、母親の気持ちは、すずの学校の先生と交わす連絡帳で、中学三年生のすずのお兄ちゃんはブログで自分の気持ちを綴ります。  大きな展開をあえておかずに、淡々と学校生活や日常を描いているので、ページがすすむたびに、すず達家族の生活に読者もなじんできます。  そんななか、小さなハプニングが起こります。 バスにお兄ちゃんとすずが乗っているとき、すずが大きな声を出しはじめ、前に座っている人の髪の毛をひっぱってしまったのです。前の人はすずのことをなじり、お兄ちゃんは頭にきます。 なぜすずがそういうことをしたのかは、すずの声で語られます。  お兄ちゃんは、その人が発した言葉に頭にきています。 その日は雨が降っていて、バスから降りたふたりは少し長く歩くことになるのですが、その歩いている時間がお兄ちゃんを落ち着かせ、いますることは、早く家に帰り着くことだと納得するのです。  「妹が将来、人の役に立とうが立つまいがそんなことは関係ない。 妹がこれから、たくさんの人の世話になっていくかなんてそんなことも関係ない。 妹がこうやって、同じ世界に生きていることが自分にとっては大事なことなんだ。雨音をこわがったり、雨粒を手にうけて喜んだり、ときどき大声をあげたり、空を見あげたり、首をかしげたり、息をすいこんだり、そんなことすべてがおれにとってはとても大事で大切なことなんだ」  いやな思いをしたことで、考えてたどりつくことに腑に落ちることがあります。いやなことはないにこしたことはないけれど、その「いや」がないとたどりつけないこと。それに気づくと、生きていくということは、いつも片面だけのできごとでは終わらないなと思うのです。  複数の視点で重層的に語られているところから見えるものに感じ入り、最後にしめくくるすずの視点に、次の扉が開くのがみえてきます。 「新しいぼうけん」の章でのラストシーンの後、ぜひ表紙を見返してください。  もう一冊ご紹介する読み物はこちらです。  『目で見ることばで話をさせて』          横山和江 訳 アン・クレア・レゾット作 岩波書店  表紙いっぱいに、主人公メアリーの表情が描かれ、彼女の目がこちらを見つめているのに吸い込まれそうになります。  物語はメアリーの自伝として書かれたフィクションですが、一部史実も交え、舞台はろう者と聴者が、どちらも手話をつかって生活していた実在の島です。  メアリーは兄と両親の4人暮らし。兄と母親は聴者、メアリーと父親はろう者です。文字だけで書かれている物語上では、手話での会話を〈 〉でくくり、声に出してする会話では「 」、手話と声両方でする会話は《 》でわかるようになっています。  11歳のメアリーは物語をつくるのが好きな少女です。 兄が馬車の事故で亡くなってから、心が重くなりがちになり、そんな時、島に若い科学者がやってきます。島に多く住むろう者のことを調べたいと思ってきたのが、アンドリューでした。  島に新しい人がやってくることを心から楽しみにしていたメアリーですが、事態は恐ろしい展開をみせます。  読んでいるのが苦しくなるほどの重たいできごとのなか、メアリーは必死に生き延びるために物語を考え、自分をなぐさめます。  そこでは今までの生活の中では味わったことのない、ろう者が人間以下の扱いを受けることを体感するのです。メアリーは祈ります。  「ちがいのある人に対して、世の中の人がどのような扱いをするか、わたしはあまりに早く多くのことを学びました。あの人たちに対抗するためには、あの人たちの決まりごとを学ばなければなりません」  メアリーは考え続け、行動し、道が開けていきます。  考え続けてきたことをメアリーは父親に相談します。 周りの友人たちが、自分たちと違う人に対して、劣っている態度をとるのはおかしいのではないかと。父親は答えます。  「人を批判しないのが一番だ。まずは自分の内面を見つめなさい。最良の人間になるよう努力しなさい。メアリーが手本になれば、ほかの人はメアリーから影響を受けるだろう」  最後に、物語をつくるのが好きなメアリーの言葉で印象に残ったものを紹介します。  「ことばは大好きだけれど、混乱もする。頭の中で考えていることは、手話や文章だけでは表現しきれないから。頭の中のたくさんのイメージや心の動きは、耳で聞いたことはないけれど、音楽みたいなものかなと想像してみる」  たしかに、頭の中で考えていることすべてを表現することは、私もできないなと思います。表現できないものを、文章にしてみることは難しい。けれど、難しいものを、まず想像してみるのは楽しそうです。 

『13枚のピンぼけ写真』他

128 心をいつくしむ  今年の冬は例年にくらべて雪がとても多かったのですが、あたたかくなってくると、いつのまにか雪もとけていました。 あんなに雪があったのにね、と会う人ごとに雪解けと桜の季節到来の話題をしているこの頃です。  あたたかい春はうれしい季節ですが、まだまだコロナ禍で、戦争のつらい状況が日々のニュースで報じられ気持ちがなかなか晴れません。  手にした本も戦争の本ですが、いま読んだからこその気持ちの動きがありました。  『13枚のピンぼけ写真』    キアラ・カルミナーティ作 関口英子訳 古山拓絵 岩波書店   第一次世界大戦時の北イタリアが舞台の物語。 戦争のはじまりは、まだ現実がどんなものになっていくのかわからない子どもたちにとって、心浮かれるひとつの話題――オーストラリアからイタリアに戻れるかもしれない――というものでした。  訳者あとがきによると、「この時代イタリアの貧しい村々からは、大ぜいの人たちがおもにドイツやオーストラリアへ出稼ぎ行っていた」ので、子どもたちはイタリアに戻りたい気持ちを抱えていたのです。  主人公の13歳の少女イオランダは、はじめは喜んでいたイタリア行きも、父や兄は戦場へ、母とも離ればなれになってしまい、妹のマファルダと2人で、「アデーレおばさん」を頼ることになり、いままで既に亡くなっていたと思っていた祖母の存在を知り、探しにいくことになっていきます。  戦時の空襲時の描写もあり、日々新聞で報じられるウクライナとロシアの攻防が重なり、いままで読んでいた戦争の物語より、ずっとリアルに感じました。 とはいえ、作者の巧みな比喩は、戦闘場面をつよく打ち出さず、戦争の恐ろしさを訴え、読んでいるものに平和の尊さを教えてくれるのです。  さて、次にご紹介する本は、久しぶりに読んだアンデルセン。 絵本作家、松村真依子さんの絵がついた函入り本。 本が函に入っているだけで嬉しくなるのは私だけでしょうか。  月のまなざしで語られる作品にぴったりの夜色の函。 とりだすと、月が語った様々な物語のモチーフが彩りよく縁取られた表紙が出てきます。  『絵のない絵本』  ハンス・クリスチャン・アンデルセン作 大畑末吉 訳 松村真依子絵  岩波書店  アンデルセンの物語を読んだことのある人は多いでしょう。 絵本にもなっていますし、複数の翻訳で出ているので読み比べも楽しいです。 本書は、長年親しまれてきた大畑末吉さんの訳です。  まずしい画家の若者が、友だちもいない町に住み、ひとり窓から夜空を眺めていると、月と友だちになり、若者に話しを聞かせてくれることになりました。  文章と絵がとけあっていて、声に出して読むと心地よい。  第2夜で語られる、小さな女の子がめんどり小屋でひなたちを追いかけまわす理由が語られるところは、心の深いところに届きました。  短い話のなかに、少女の心持ち、それをきちんと受け止めたお父さんの姿に深い余韻が残ります。  本書がはじめて刊行されたのは1839年のクリスマス。アンデルセンが34歳の時です。その時は第二十夜まで発表され、後に書かれた短編がまとめられ、第三十三夜まで読める形になりました。  アンデルセンの書く物語が長く読まれているのは、不思議な世界を舞台にしていても、描かれているものが普遍的な人の心の美しさ、悲しさ、さみしさなどを深く描いているからではないでしょうか。  自身の生涯も貧しい暮らしのなか、父親が集めたたくさんの古典の本を愛読し、学校へは行かず、その時々に読んでいた物語や劇をドラマに仕立て、人形芝居の舞台や人形の衣装も自分の手でつくっていたそうです。シェイクスピアの劇に魅せられ、自分も劇作家になりたいと夢見ていた。その後、デンマークの首都コペンハーゲンへ行き、奨励金で学校に通います。教育を受けた後に、フェアリーテイルズを書き、だんだんと作品が認められ名声を得ていきました。  アンデルセンの物語は絵本になっているものも多いですが、絵で表現できるものを多彩に含んでいるのでしょう。 本書の松村さんの絵も、静かでやわらかく美しい雰囲気が物語にぴったりです。  それでは最後にご紹介するのは絵本です。  『わたしのかぞく みんなのかぞく』 サラ ・オリアリーさく チィン・レンえ おおつかのりこ訳 あかね書房  多様性という言葉をここ数年よく目にしたり耳にしたりします。 このメルマガでも、多様性を軸にした本を紹介してきました。  本書もいろんな家族を紹介している一冊。 みんなの家族を、のびやかな線画にあたたかみのある水彩画で描いています。  学校の先生が生徒に呼びかけます。 「じぶんの かぞくの とっておきの はなしを みんなに きかせてね」と。  そう聞かれて、子どもたちそれぞれが、自分の家族を思いうかべます。  いつまでもラブラブな両親を、 たくさんの養子きょうだいのいる家族を、 父親の家、母親の家を1週間毎に暮らすことを、  どの子も、自分の家族をまるごと大好きで大事にしていることが伝わってきまます。自分の家族を紹介しあうことで、別の家族を知り、それぞれの形があることもわかります。  シンプルなテキストに、豊かな絵で「いろんな」を表現し、「とっておきの家族」がそこかしこにいるのがとてもステキ。  この絵本を読みながら、自分の家族のとっておきを考えてみませんか。 (林さかな)https://twitter.com/rumblefish

『ぼくはただ、物語を書きたかった』他

127 物語ることは希望   シリアに生まれ、ドイツに亡命し児童文学作家として活躍しているラフィク・シャミの本が2月に西村書店から刊行されました。  『ぼくはただ、物語を書きたかった』                       松永美穂訳 西村書店  物語ることは、常に人間的な希望と結びついている――。  母、父、きょうだいたちに二度と会えない、暮らした土地に二度と足を踏み入れない――シャミは一九七一年三月十九日(金)に、いままでのすべてを失い引き替えに物語る自由を獲得しました。  本書は物語ではなく、亡命するまでと亡命後のことをかいた自伝的エッセイ集です。  人が自分の生まれたものを自分の意志で失うことの重みが、「亡命とは」で始まる文章が繰り返されるたびにせまってきます。  先日、11年目の3月11日を前に「ふくしまを書く」という題目で福島在住の詩人、和合亮一さんと福島県郡山出身の作家、古川日出男さんの対談が福島県立博物館主催のもとオンラインにて開催されました。  対談の中で、古川さんは故郷、郡山を長い間封印していたという話をされたのですが、シャミの言葉を読みながらあらためて古川さんの言葉について考えました。本書にも故郷がよく登場します。  本書での故郷について語る言葉はこういうものです。  —(引用)— 故郷って、なんだろう? シンプルに響くのに、これほど意味を一つに絞れない単語というのも珍しい。 ————–  複数の作家の言葉を用いて、シャミは「故郷」についての自分なりの概念を深く掘り下げます。  古川さんは、いまの自分があるのは、生まれてからが全てじゃない。それまでの先祖からの長い時間を経ていまの自分があるのだと語られました。  私自身、自分がどこからはじまっているのかについて、考えなかったわけではないけれど、古川さんの話は新鮮に腑に落ち、自分の中での故郷について思いをめぐらしているタイミングで、シャミのいう故郷という言葉が自分に入ってきました。  愛おしく思う、過ぎ去った時間、それに密接につながる土地である故郷。 そんな場所に戻れないというのはどう表現したらいいのでしょう。  しかし、シャミは物語ることで、故郷にたびたび帰ります。「ぼくは小説によって、ダマスカスに戻ろうとしているのだ。そして、語ることによってのみ、ぼくはあの町を去らず、あの町もぼくから去らなかった、と感じることができる。」と。  シャミは文学作品を書きたいだけでなく、口頭でも伝えたいと考え、好きな作品を、手で書くこと、試しに読んだ作品が気に入ると、徹底的に読み込み、暗唱することを実践しました。 「物語ることは、常に人間的な希望と結びついている。物語る人間は、希望を抱いている。」  そう語るシャミはよく一つの場面を思い浮かべるそうです。それは、賢いおばあさんが暗闇をこわがる子どもにお話しを聞かせ、子どもは安心して眠るという場面。  子どもは語られる物語を聞いて、暗闇の怖さがなくなり、安心を得ることができた、それは物語の力が子どもの心に届き寄り添ったからなのでしょう。  震災以降、絆、希望という言葉が自分に素直に入らなくなっていましたが、本書でシャミのいう希望はすっと心に入りました。その感覚は、なにか安心を得たことに近いものでした。  さて、もう一冊、気持ちがやわらかくなる本をご紹介します。 『けんかのたね』  ラッセル・ホーバン 作 小宮 由 訳 大野八生 絵 岩波書店  絵本から読み物を読み始める、低学年向けの本。  どのページにも絵はたっぷり。大野さんのやわらかくのびやかな線で表情豊かに登場人物や犬、猫らの表情が描かれ、見ているだけで、やさしい気持ちになります。  はじまりは、お父さんがくたびれはてて家に帰ってきたところから。 ようやく家でくつろげると思っていたのに、家の中は4人の子どもたちも、一緒に暮らしている犬と猫もケンカしていて大騒ぎ。  いったい原因はなんでしょう。 それぞれの言い訳を聞いていて、最初はこれが原因と思ったものも、実は少し違う理由があった様子がわかってきます。  小さなできごとが、どんどんふくらんで大きなできごとになっていくのが、あたたかな眼差しで語られるので、気持ちがほぐされる心地よさを感じました。  ぜひ読んでみてください。  (林さかな)https://twitter.com/rumblefish

山本まつよ先生のこと

126 心に残ること   今年は雪が多く、除雪しないと移動がままなりません。 使っていない筋肉を使うので、腰痛が頻発しています。  腰痛はつらいので、楽しい気持ちになりたくて絵本を読みます。 子ども3人育てているときに読んできた絵本を眺めていると、読んでいた時の子どもたちの様子が思い出されます。 子どもの本を選ぶとき、ひとつの指針は子ども文庫の会が発行している「子どもと本」でした。  はじめての子どもを出産し、病院のベッドにいるとき、「童話屋」(現在、書店は閉店)さんに連絡して毎月絵本を送ってもらうことにしました。はじめに届いた絵本は『おおきなかぶ』でした。佐藤忠良さんの絵や彫刻が大好きだったので、とても嬉しく、生まれたばかりの赤ちゃんに読んで聞かせたことを覚えています。  当時渋谷にあった「童話屋」さんに何度かうかがったこともあり、その時気になったのが「子どもと本」でした。なにやら小さい冊子に小さい文字が書かれている表紙で、難しそうにも感じました。「童話屋」の方に、その冊子が気になることをお伝えすると、いつかお勧めしようと思っていたんですといわれたので、毎月の絵本と一緒に、数冊ずつ入れてもらうことにしました。  その冊子には子どもの本に対する愛情がみっしりつまっていて、最初に読んだ時から夢中になりました。ここには大事なことが書かれているとわかりました。それからは、最新号と共に、バックナンバーを読むのが楽しくてしようがありませんでした。気になった本は、一緒に送ってもらうようにもしました。  3人目の子どもが生まれたとき、フルタイムの仕事を辞め、時間ができたので、念願の子ども文庫の会の初級セミナーに通うことにしました。 行き帰り半日ほどかかるので、その時間に読む本をたんまりスーツケースに入れて通いました。  セミナーに参加されている方に「日帰りなのに大きな荷物をかかえて来られるのね」といわれたとき、私がこたえる前に、山本まつよ先生は「だって、行き帰りの時間でたっぷり本が読めるものね」と代弁してくださり、わかってくださっていると嬉しくなりました。  セミナーが行われる部屋は通路ぎっしりに本が積まれていました。トイレにまでもです。本の背表紙をみながら、狭いトンネルのような通路を通り、セミナーの机に集まるときはいつもわくわくしました。  もっとも印象に残っているのは、アイルランド童話集「隊を組んで歩く妖精達」(イエイツ編 山宮允訳 岩波文庫)を山本先生が朗読してくださった時間です。「ティーグ・オケインと妖精達」は朗読すると30分以上かかるお話しです。 ゆっくり静かに読まれる語り口に引き込まれました。おおげさに誇張することもなく淡々と読まれる物語は、ひとりの若者が幸福な生き方をするまでのことがらが紡がれています。愉快に好き放題に暮らしていた若者ティーグ・オケインがひょんなことから妖精達と関わり合ったことで、生き方に変化をもたらすのです。  読んでくださったあと、とても幸福な気持ちを味わいました。ティーグ・オケインが感じた幸福が伝わってきたのです。山本先生の朗読は物語の深いところを余すことなく伝えてくれました。  私は自分が感じた気持ちを他の人にも伝えたいと思い、何人かの大人に同じように読んでみました。大人になってから人に本を読んでもらうなんてとはじめは少し怪訝そうにした方も、読み進めていき物語にうねりがみえてからは夢中になって聞いているのが伝わってきます。そして物語を最後まできいた後は、とても満足そうでした。  心の深いところで楽しいと感じられることほど幸福なことはありません。  山本先生はよく大きな石の指輪をされていました。きれいで見とれてしまい、「すてきな指輪ですね」というと、「こういうきれいな大きいのをつけていると子どもたちが喜ぶのよ」と嬉しそうに教えてくださいました。  先日、ある小中学生のアートワークショップのボランティアに参加しました。色水をつくるワークショップで、私も子どもたちと一緒に色水づくりを体験し、黄緑色をつくりました。すると、はじめてあう子どもたちでしたが「その色、いま着ているセーターによくあっているね。イメージカラーみたい」と言ってくれたのです。きれいな色のセーターを選んでよかったと思いました。そして山本先生の指輪のことを思い出していたのです。  2月に入って届いた168号の「子どもと本」で山本先生の訃報を知りました。 子ども文庫の会のHPでは昨年の訃報がすぐ出ていたようなのですが、ここ数年、家でパソコンをさわる時間がめっきり減ってしまい、全く知らず、いつものようにわくわくしながら封筒から冊子を取り出し、表紙を読んでびっくりしたのでした。  168号の「子どもと本」ではゆかりのある方々の追悼文が掲載され、ひとつ読むごとに、胸があつくなりました。  山本先生は多くのことを残してくださいました。 青木祥子さんが表紙に書かれていますように、山本先生にみせていただいた「本の中の人、動物、風景、雰囲気、言葉などなど――」は「それを朗読していたその声とともにわたしたちの心の中に残していった」のです。  2006年に刊行した山本先生の訳書に『ラーマーヤナ』(エリザベス・シンガー作 子ども文庫の会)があります。豊かな叙事詩であるこの本は、どの年代の子どもでも読めるように総ルビです。 読み終わったあとの楽しい気持ちに思わず山本先生に電話して感想をお伝えしました。先生も嬉しそうに応じてくださり、この本を手にするたびにその時のことを思い出します。 「子どもと本」はこれからも青木祥子さんが続けてくださいますので、変わらず「次の号」を楽しみに待つことができます。  私もこれまでと変わらず子どもの本を楽しみ、その楽しみを伝えていきたいと思います。 (林さかな)https://twitter.com/rumblefish

『みんな みんな すてきな からだ』他

125 自分を大事にする   2022年。年が明けました。 本年もどうぞよろしくお願いいたします。  1月10日は成人の日。 感染症がじわりじわりと広がっている中ではありますが、 新成人のみなさま、おめでとうございます。 しんどいことも楽しいこともひっくるめて、おもしろい未来を体験できますように。  さて、最初に紹介する絵本はこちら。  『みんな みんな すてきな からだ』 タイラー・フェーダー さく すぎもとえみ 訳 汐文社  表紙には女性、男性、赤ちゃんと、いろんな年代の人が水着姿で描かれています。 どの表情もエネルギーを感じられ、体はあざがあったり、まだらだったり、体毛がたっぷりあったり、それぞれ多様です。  表題の「みんなみんなすてきなからだ」は、自分や他人のからだを尊重する社会をめざす合い言葉」と解説にあります。 お互いに尊重しあう社会って、とってもすてきだと思いませんか。  ページを繰ると、どのページにもいろんな「みんな」がいます。  モデルのような美しい体にあこがれることもあるけれど、自分はそうじゃないと否定しなくてもいいのですものね。 でもでも、映像でみえてくる美しさについつい惹かれて、それに近づきたくなる欲求がでることもあります。ただ、それはいまの自分を少しだけ残念に思うことにもなるので、そんな時はまずは自分を丸ごと受け止めるのも大事。  小さい人も大人もこの絵本を読んで、自分も他人もみんなすてきな体をもっていることに、あらためて気づけるのではないでしょうか。  からだつながりで次に紹介するのは 『中絶がわかる本』(ロビン・スティーブンソン 塚原久美 訳 福田和子 解説  北原みのり 監修 アジュマブックス)  小さいこどもから、ティーン向けににフィクション、ノンフィクションを書いている作家によるもので、本書はノンフィクション。カナダ、ブリティッシュコロンビア州における最高の児童文学賞も受賞しているティーンエイジャー向けの性教育と人権の本です。  こちらも、先に紹介した絵本のように、表紙の女性達の眼差しが印象的です。  日本において、避妊の知識、性と生殖の権利(リプロダクティブ・ライツ)については、まだ広がりが弱いのかもしれません。若い人たちも、なかなか自分達の性について語るタイミングも見つからないのかもしれません。  そういう時、本はひとりで読めるので知識を得るにはとてもいいツールです。  自分の身体についての権利を知るということは、自分の自由につながります。性教育? 人権? なんだか難しそうと感じる方もいらっしゃるでしょうか。読むと、これは自由について書かれているのだと腑に落ちると思います。  中絶についての歴史にはじまり、先人たちが獲得してきた人権について、女性だけでなく、男性にも知って欲しい。 権利はだまって自分についてくるものではなく、闘って得てきた歴史があるのですから、それは知りたいことです。  読了後、まずは一緒に暮らしている娘にすすめました。  以前ご紹介した感染症と人類の歴史全3巻の残り2巻も刊行されました。  『感染症と人類の歴史 治療と歴史』 『感染症と人類の歴史 公衆衛生』  池田光穂 監修 おおつかのりこ 文 合田洋介 絵 文研出版  今回も本の中で、読者に歴史などを案内してくれるのは、九尾のキツネ。 時空をとびまわり、各地のいろいろな時代へと誘ってくれます。  歴史を知ることは、いまを知ること。 感染症に必要以上に恐れをもたず、知識をもってするべき行動をとれるようにすることです。研究を重ねて治療法を獲得してきた道を知り、その道のりに興味をもつことは、未来につながるように思います。  「治療と歴史」では、原始時代からはじまります。体の具合が悪いときに、痛む場所に手をあててなでたり、おしたり、そういうところから、今度は、食べると具合をよくする植物を見つけたり、動物の血や角、石、貝殻などの中に体にいいことを学んでいったそうです。  平安時代、日本でもっとも古い医学書といわれている『医心方』に書かれている治療法も興味をひきました。 例えば養生法(健康法)。「朝おきたとき、つべこべいってはいけない」 なるほど、これは今でもつかえそうです。  一読している間、そうなんだ、そうなんだといま治療できている感染症について、先人の方々による科学の力にあらためて感じ入りました。  「公衆衛生」では、人が生きていくために大事な健康的なくらしについて書かれています。  ひとりひとり個人だけではなく、社会全体が健康になることを目指す。そのしくみが「公衆衛生」です。  それでも基本はひとりひとりの行動。 コロナの拡大をみていても、それは十分納得できます。  巻末には「感染症」と子どもの本も22冊紹介されています。 感染症がテーマになっている本だけではなく、物語の時代背景として感染症が描かれているものもあります。 『アンネの日記』が紹介されているのは、アンネの死は、衛生状態の悪い強制収容所で発生したチフスによるものだからです。  最後に現在最新刊が刊行されている福音館書店の「こどものとも」2月号をご紹介します。  「オトシブミのふむふむくん」 おのりえん 文 秋山あゆ子 絵  お正月の楽しみである年賀状も年々売上がさがっていると聞きますが、1度にたくさんの賀状を書くのは大変でも、懐かしい人からもらえる一文添えの葉書はうれしいものです。  1992年に創刊された月刊誌「おおきなポケット」(2011年に休刊)で「虫づくし」を連載していた秋山あゆ子さん。その連載をもとに、おのりえんさんが物語を紡ぎます。  手紙のすきなオトシブミのふむふむくんが書いた手紙が、同じく手紙のすきなオトシブミのふみふみさんに届きました。ふたりの文通がはじまります。  細かく書かれた虫たちの年中行事の愛おしさがたまりません。 宝物の一冊になりました。  (林さかな)https://twitter.com/rumblefish

『いなばのしろうさぎ』他

125 とびきりきれいなもの   きれいな絵本が届きました。 岩崎書店「日本の神話えほん」シリーズの『いなばのしろうさぎ』です。  ふしみみさをさんが文章を書き、ポール・コックスさんが絵を描いているシリーズ絵本。  ポール・コックスさんは、現在板橋区立美術館で展覧会も開催されています。コロナ禍になって以来、とんと東京が外国なみに遠くなってしまいました。  それはさておき、絵本です。  ポール・コックスさんのファンにとって、新作絵本が出るたびに驚かされる斬新な表現はたまらないものがあると思います。  今回もそうでした。  日本的な「和」の雰囲気をもちつつ、無国籍の空気もまとっている。 近しさと遠さの融合があるんです。  表紙に描かれている、しろうさぎの目をみてください。「ほら、早くページを繰りなさいよ」といっている目。  開いてからは、すっかり古事記ワールドに入りこみます。 どのページも赤の色が印象的におかれ、 ダイナミックな構図で絵と文章が両輪で動いています。  ふしみさんは、古事記を読み込み、神様達の人間臭さを感じ取り、破天荒さと原始的な部分に惹きこまれていったそうです。  ポールさんの古事記リサーチも念入りでした。俵屋宗達、北斎など、ポールさんが敬愛する日本の画家たちの作品を大量に模写し、テクニックを試し、日本の古い服装を丁寧にスケッチし、そういうものを全て自分におとしこんだ上で描いた絵なのです。  おふたりの真摯な仕事の結果としてできあがった絵本は、すばらしい芸術作品となり、小さい子どもも、大人も心から楽しめるものになっています。  そういえば、子どもが小さい時に読んだ『古事記物語』(原書房)があったなと本棚を探して、久しぶりに、鈴木三重吉のものを取り出しました。  その本には、長男が小学3年生の時に読んだ感想文がはさまれていました。 学校に提出したものではなさそうで、読んだあとに、A4のコピー用紙に書いたようです。紹介させてください。  『古事記物語』ぜんぶ  この物語には、“きぼう””わらい””歌”があります。神たちは、もともと人間でした。「女神の死」というのが一ばん大人の話にそくりでした。さい後のが“神”が生まれておもしろうだと思いました。そしていろいろな神がみがいろいろなことをして日本ができたと思いました。 「天の岩屋」それもおもしろいです。この話は天照大神と二番めの弟さまの月読命と言う話です。つまりこのお話しは災いが一どきに起こってきます。さい後は、そのまま下界へおいでになります。という話です。 「八俣の大蛇」というだいじゃの話です。この話は、須佐之男命は大空から追いおろされて、出雲の国の肥の河の河上の鳥髪というところにいくお話しです。さいごのところは、大国主神、またの名を大穴牟遅神とおっしゃるりっぱな神さまがお生まれになったという話です。 このお話しは、大人の話みたいでした。 さいしょのお話しはたいくつだっただけで、だんだんおもしろくなってきました。  鈴木三重吉が大正時代に再話した本書は、子どもが読むには難しい言葉もああるのですが、全ルビだったので読めたのでしょうね。大人の話を読んでいるような気持ちになったのがうれしかったみたいです。  さて、現代の物語もご紹介いたします。  『マイロのスケッチブック』鈴木出版 マット・デ・ラ・ペーニャ作 クリスチャン・ロビンソン 絵  石津ちひろ 役  『おばあちゃんとバスにのって』(鈴木出版)でニューベリー賞、コールデコット賞オナーを受賞しています。その後に鈴木出版から刊行されている『カルメラのねがい』も同コンビ。本書はコンビ第3作目にあたります。  マイロはスケッチブックをもって、お姉ちゃんと一緒に電車に乗ります。 電車に乗っている人たちの生活を想像しながら、マイロは絵を描きます。 描くたびにお姉ちゃんに見てもらおうとするのですが、しっかりは見てもらえません。マイロたちはどこへ向かっているのでしょう。  出かけることは、嬉しいことでもあり緊張することでもあり、その気持ちを落ち着かせるためにもマイロは絵を描いているようです。  マイロは描きながら、自分はどう見られているのかなとも考えます。 人はどうしたって、見かけではわからないことばかり。 どんな生活をしているのか、どんな家族がいるのか。  最後のページまで読むと、マイロたちがどこへ誰に会いにいったかがわかり、ふたりの緊張の理由がみえてきます。  『タフィー』(サラ・クロッサン 作 三辺律子 訳 岩波書店)も緊張感ある物語です。  岩波書店のスタンプ・ブックシリーズ。 サラ・クロッサンは散文詩で物語を紡ぎます。  父親からの暴力を、なんとかしのげば、本当は自分を大事にしてくれる、だって娘なのだからと思うアリソン。  しかし暴力は痛く辛く、体も心も蝕まれます。 アリソンは逃げます。 まだ学生でお金すらもっていないアリソンはどこに安寧の場所があるのでしょう。  最後まで緊張は続きますが、光もあります。 読んでください。  — 今回が2021年最後の記事になります。 いつも辛抱強く待ってくださる原口さんに感謝いたします。  みなさま、1年間読んでくださりありがとうございます。 来年もどうぞよろしくお願いいたします。  (林さかな)https://twitter.com/rumblefish

『きょうはだめでもあしたはきっと』他

124 心を軽くする、ぐるぐる動かす  コロナ禍でリアルに人と話すのは家族がメインになっていき、SNSやLINEなどツールはいろいろ増えているけれど、本を読むということも、物語と会話するようなものに思えています。 とはいえ、様々な制限が解かれてきているので、直接のやりとりも増えてきているのはうれしいことです。 『きょうはだめでもあしたはきっと』 ルチア・スクデーリ さく なかむら りり やく 春陽堂書店・山烋  第27回いたばし国際絵本翻訳大賞イタリア語部門最優秀翻訳大賞受賞作絵本。  タイトルがすてきです。 きょうはだめでもあしたはきっと、このタイトルを読んだだけで体の中から元気玉が飛び出してきそうではありませんか。  さて、どんなお話かというと。  砂漠にあらわれた見慣れない生きもの。 あなたはだれ?と問われると、生きもの自身は羽があるので鳥だと自覚しているのですが、素直に鳥と答えられない。羽はあっても飛べないからです。  謎の生きものは周りから鳥だと思ってほしいものの、飛べないことは知られたくない。鳥らしくないことをなかなかいえないでいる姿がユーモラスに描かれます。  迎えるラストでは、地面の上で生きものたちがあれやこれやと交わり、天のお空ももりあがりに一役かうのですが、どんな風なのかは読んでのお楽しみ。  1回目より、2回目、3回目の方が心に入ってきます。 ぜひぜひ何回も読んでみてください。 『もりにきたのは』 サンドラ・ディークマン 作 牟禮あゆみ 訳 春陽堂書店・山烋  先に紹介した絵本はイタリア語部門の最優秀翻訳大賞受賞作で、こちらは英語部門の大賞受賞作。  鮮やかな発色で描かれる動物たちが目を引きます。 イタリア語部門とおもしろい共通点があり、今度は森に見慣れない白い生きものがやってきたのです。最初に見つけたのはカラス。  白い生きものの鋭い目つきが怖くて、森の動物たちは近づけません。 大きな白い生きものは、森の中を歩きまわって、葉っぱ集めをしています。 どうして葉っぱを集めているのでしょう。  森にやってきたこと、葉っぱを集めること、理由がわかってくると、鋭い目から見えているであろうものに思いを馳せました。  森の美しさを描きながら、海も感じさせる絵本です。  『ぼくの! わたしの! いや、おれの!』 アヌスカ・アレプス さく ふしみ みさを やく BL出版  5月に刊行された『くさをたべすぎたロバくん』の作者による新作絵本。 とはいえ、原書としては、本書がデビュー絵本。 日本での刊行は後になっています。  アレプスの絵は、すこーしレオ・レオニの雰囲気があります。 くりっとした動物の目に表情が豊かで、何かおもしろいことが起きそうな雰囲気がページをめくる楽しみを誘います。  お話はくだもの大好きなゾウたちが、木の高いところにあるくだものをとるために四苦八苦し、最終的にどうしたでしょう、というもの。  やわらかい中間色で描かれたジャングルの中で、ゾウたちが心地よさそうにしているのをみるのは、みているこちらも安らぎます。彼らのくだものに対する食い意地も愛らしい。  おいしいものを食べるのは幸福ですから、ゾウたちが幸せそうなのもさもあらん。  ゾウたちのように、おいしいくだものを食べたくなってきます。  最後にご紹介するのは、マット・ヘイグの読み物。 ここのところ、マット・ヘイグの作品を読み続けているのですが、読むたびに、運動後に体がほぐれたような心地よさがあり、追っかけファンになっています。  『ほんとうの友だちさがし』 マット・ヘイグ 文 クリス・モルド 絵 杉本詠実 訳 西村書店  アーダには妖精の友だちがいます。ほんとうのことしか言えない特別な妖精と一緒にいることは、自分らしくいられることなのでとても幸せでした。  ところが、学校に通い始めると、アーダのふつうが、周りのふつうではなくなり、妖精といることもからかいの対象になってしまいます。  妖精とだけいればいいのかしら。それはそれで幸せ。 でも、アーダは人間の友だちも欲しくなり……。  自分の子どもたちをみても、いつも友だちを求めていました。それもただの友だちではなく「ほんとうの」友だちを。いったい何が「ほんとうの」なのでしょう。  たくさんの友だちがいることはハッピーなことなのか。少し深いテーマを、マット・ヘイグは子どもの心に届く言葉でまっすぐ差し出します。  そして、クリス・モルドのユニークでキュートな絵は、アーダや妖精への親しみを湧かせます。  読後感は、やっぱり友だちっていいなってこと。 マット・ヘイグの物語には「ほんとうの」ことが書かれています。 (林さかな)https://twitter.com/rumblefish

『子どもを守る言葉 『同意』って何? YES, NOは自分が決める!』他

123 子どもを守る言葉 自分が決めるということ  作者は自分の子どもに「同意」を教えたくてつくった本をご紹介します。  『子どもを守る言葉 『同意』って何?  YES, NOは自分が決める!』         レイチェル・ブライアン 作 中井はるの 訳 集英社  何事も相手や周りの同意を得て進めていきましょう、なんていう言葉は社会人にはなじみがありすぎて、そうすることに意識もしなくなっていました。  子どもの頃だと、大人のいうことは聞かなくちゃいけないという前提のもと、顔色をうかがうことも、お行儀のひとつとすり込まれて育った子どもも一定数はいたでしょう。  けれど、自分の「嫌」を伝えるということがとても大事だということが、少しずつ世の中に浸透してきているように感じています。  この本では、自分だけでなく、相手のためにも自分の意志を伝えることがいかに大切かということが8つの章立てで、イラストも多くつかって伝えてくれています。  むりやりに相手から「いいよ」を引き出してもそれはYESではないこと。 YESといってしまっても、後から自分の本当の気持ちに気づいてNOということ。  なんとなくわかっていても、ちゃんと知っておくべきことが簡潔に書かれていて、子どもだけでなく大人にも読んでほしいと思いました。  巻末には、SNSでのトラブルから、具体的な暴力やイジメに対処するときの相談窓口も掲載されており、かなりの実用書のつくりです。  『夢のビッグ・アイデア カマラ・ハリスの子ども時代』 ミーナ・ハリス 文 アナ・R・コンザレス 絵 増田ユリヤ訳 西村書店  アメリカ副大統領となったカマラ・ハリスとカマラの妹、マヤの子ども時代の話を元に、彼女らの姪にあたるミーナ・ハリスが書いたお話です。  カマラとマヤが住んでいたマンションには中庭がありました。でも遊具はなにもなく、姉妹は中庭が遊び場になればすてきじゃないかと考えます。  母親に相談すると家主さんに聞かなくちゃねといわれ、二人は家主さんにお願いに行きますが、望んだ返事はもらえません。そこで、どうすれば遊び場がつくれるか、よくよく考え、考えたことをひとつずつ行動にうつします。  会社や学校で与えられた課題をこなすかのように、二人は自分たちの望んだ遊び場を得るために考え行動していく様子は、階段を一段ずつ上るように丁寧です。  問題解決を決して大人の上から目線ではなく、自分たちにできるところからゴリ押しせずに進めていく姿は、大人の私が読んでも学ぶところがあります。 何をどうしたら問題解決するのかよくわからないときの実用絵本でもあります。ぜひ周りの子どもたちに読んでみてください。 『エヴィーのひみつと消えた動物たち』      マット・ヘイグ 作 宮坂宏美 訳 ゆうこ絵 ほるぷ出版  このメルマガでも「クリスマスは世界を救う」シリーズなどでご紹介した作家マット・ヘイグの作品です。 「クリスマスは世界を救う」は息子の疑問に答えて書かれ、今回は娘のリクエストによるものとのこと。自分の子どもたちのリクエストで物語を紡げるのは親としても作家としても最高なことですね。  娘さんのリクエストは動物と、動物が大好きな女の子の話です。  主人公はエヴィー。動物が大好きなだけでなく、特別な力ももっています。  けれど、その力のことは決して人に知られてはいけないと父親に厳命されていました。母親はエヴィーが小さいときに亡くなっているのは、その力が原因でもあるようです。  使ってはいけない、知られてはいけない力は、問題が起きるときの原因になりがちですが、エヴィーもまた、予想だにしていなかった大きな事件にまきこまれていくのです。  たくさんの動物たちの生態も紹介されるので、そこにも興味を引かれつつ、エヴィーがまきこまれる冒険のゴールも気になり、休憩することなくいっきに読みました。  冒険のハラハラだけでなく、動物や人間が命でつながっている存在だという大きなテーマも胸をうちました。動物たちのイラストもとてもすてきで印象に残ります。  『アリスとふたりのおかしな冒険』 ナターシャ・ファラント作 ないとうふみこ訳 佐竹美穂 絵 徳間書店  主人公は11歳のアリス・ミスルスウェイト。アリスが7歳のときに母親が亡くなってからは、父親と伯母が一緒に暮らしてアリスのことを見守っています。  アリスは、母親が亡くなって以来、屋敷にこもりがちになっているので、心配した伯母の提案により、思いきって屋敷をはなれ寄宿学校に入ることになりました。  環境が変わったことで、アリスには、ジェシー、ファーガスというおもしろい友人ができます。そのクラスメートの男の子たちと共に、学校生活になじみはじめているときに、父親から手紙がきっかけで3人の冒険がはじまります。  佐竹美穂さんは、物語にとけこむような精緻なイラストを展開し、読んでいると、アリスやジェシー、ファーガスらが、本から出てきて目の前で会話しているようなリアリティを覚えました。  子どもたち3人の行動の原動力には、それぞれの家庭の背景が関わってきています。特にアリスと父親との関係は胸が苦しくなるものがあり、近い存在の家族だかこそ生じてしまう、めんどうな気持ちには、なんともいえないものがあります。そんな気持ちの整理を助けてくれたのは、物語ることでした。アリスの語る物語の力がどういうものなのかは、ぜひ読んで感じてください。  最後にご紹介するのは、感染症について理解を深めることができるシリーズ第1巻です。  『感染症と人類の歴史 第1巻 移動と広がり』     池田光穂 監修 おおつかのりこ 文 合田洋介 絵 文研出版  コロナ禍の社会になってから、私たちは感染症について以前よりずっと意識するようになってきているのではないでしょうか。  感染症とよばれる病気は、歴史の中で何度も登場しています。それらについて、イラストを多用し、九尾のキツネを案内役として登場させ、疑問点やポイントをキツネ目線(?)でわかりやすく伝えてくれているのが本書です。  紀元前7000年頃にはじまった歴史の理解を深めるために、ページ見開き上部に時空列車を走らせ、そのレール上で、どのあたりの「時空」にいるか一目でわかるようになっているのもうれしい工夫です。  知らないことは不安につながります。私たちは新型コロナウィルスによってこの先どうなるのだろうという不安を感じずにはいられませんでした。ワクチン接種が進み、少しずつ落ち着いてきているものの、感染症について、いまいちど整理して理解することは大事だと感じます。  ぜひじっくり読んでみてください。 (林さかな)https://twitter.com/rumblefish