『5番レーン』『アップステージ』「用九商店」全五巻。

132 思い出の重なり

 9月10日は中秋の名月でした。ひさしぶりのおだやかな夜に月を愛でることができました。しずかな夜のすてきなことよ。

 さて、日中は30度を超える日があっても、朝夕は秋めいてきています。
 本当は夏にご紹介できればよかったのですが、まあ、それはさておき、水泳の話です。

 『5番レーン』
 ウン・ソホル 作 ノ・インギョン 絵 すんみ 訳 鈴木出版

 だいすきな鈴木出版の児童文学シリーズ「この地球を生きる子どもたち」の新刊は、シリーズ初の韓国児童文学です。

 作者ウン・ソホルのデビュー作。挿画は、原書のままを活かされ、表紙にはプールに飛び込む寸前の5番レーンにたつ少女の姿が描かれています。

 主人公の小学校6年生のカン・ナルは水泳部のエース。いつも大会ではいい記録を出していたのに、その日は4位でした。優勝したのは、どんどんつよくなっていっているライバルのキム・チョヒ。ナルは考えます。どうして勝てなかったのだろう、大会の記録映像をみていて、チョヒの水着が光っているのに気づきました。なぜ、光っているの?と疑問が頭から離れないナル。

 読んでいると、自分が小学生だったころを思い出しました。体育の授業でおこなう水泳があまり好きではなかったこと。体育全般がニガテで、水泳もしかり。泳ぐことはなんとかできても、クロールの息継ぎがどうしてもうまくできず、25メートルを泳げたことがありませんでした。
 あれから何十年もたっているのに、いまだに、水泳記録会の前夜にねむれなかったことを覚えています。1度でいいから、25メートル泳いでみたい、ぜもぜったい無理。緊張がとれず、頭の中ではずっとプールの水の中を想像していした。

 けれど、結果的にその日だけ私は25メートル泳げました。息継ぎもできたかできていないのか当時もよくわからなかったのですが、がむしゃらに泳いで、25メートル泳ぎきったのです。プールの塩素の香りと、水中でみたレーンの色や線をいまも忘れられません。なぜそれほどまで記憶に残っているのか、思い出すたびに不思議なのですが、この物語を読みながら、久しぶりに自分が小学生時代に戻っている感覚を覚えました。

 物語にもどると、カン・ナルは水泳大会でずっと勝っていました。そして勝ち続けたいと思っていました。それができなくなっているいま、自分がいやでたまりません。チョヒの水着が頭から離れません。そのうち自分の負けは水着のせいに思えてきてしまうのです。

 小学生の頃は世界が狭く、自分の世界が狭いことに当然ながら気づけません。ふとしたことで、やってはいけないことにもつい手をのばしてしまう。いや、これは大人も同じかもしれません。

 ナルのしたこと、ナルの後悔を読んでいくと、身に覚えがある大人はいるのではないでしょうか。

 ナルがぶちあたった記録への壁、ライバルのチョヒとの関係。プールでおきる競走の世界、しかしながらそれらが2人を成長させます。

 挿絵のみずみずしい水彩画では、プールの水をみているかのように透明感があり、学校のまわりの木の緑もすこやかで、そちらにも目をうばわれます。

 ナルたちの成長は、一朝一夕でできたものではなく、そのまっすぐながんばりに心を動かされました。

 ぜひぜひ現役の小学生に読んでもらいたい物語です。

 次にご紹介するのは、シャイな少女が学校ミュージカルの舞台にたつお話。

 『アップステージ』
 ダイアナ・ハーモン・アシャー 作 武富博子 訳 評論社

 本を選ぶとき、表紙の印象は大きい。
 『アップステージ』の表紙は、ブルー系くすみ色を背景に、子どもたちの表情にユーモアと楽しさがはじけていて、これはステキ!と惹かれました。

 シーラは12歳。歌うことが大好きだけれど、人前にでるのがニガテで学校では目立たないでいることを選んでいます。

 けれど今年度は「シャイなシーラ」を卒業するのを目標に、親友にも背中をおされて学校ミュージカルのオーディションにチャレンジします。

 この物語ではシーラがどれだけドキドキしながらオーディションを受け、そこからミュージカルづくりがはじまり、どんな舞台になっていくかが、丁寧にリズミカルに描かれています。

 ひとつひとつの工程をこまかくなぞるように描いているので、がんばって練習しました、はい舞台成功!という一本の線ではなく、そもそも、なしとげるまでには、いくつものささやかな紆余曲折があり、それらの描写が愛おしい。

 いきいきした子どもたちのやりとりは、舞台にむけての助走です。
 読み終わって本をとじたときには、シーラたちに拍手したくなります。

 最後に簡単にご紹介するのは、読み終わったばかりの台湾漫画です。

 「用九商店」全五巻。
 ルアン・グアンミン 沢井メグ 訳 TWO VIRGINS

 燈日草(ともしびそう)という書店の店主さんにすすめられ購入したのですが、おもしろかった!
「日々を燈す、本と植物」の燈日草さんは、1冊1冊面だしでおいてあり、どの本もいいなと思っていたら、「この台湾漫画がおすすめなんです」と熱く紹介され、それではと大人買い。
 

 舞台はよろず屋「用九商店」。
 屋号の由来は、

   人生に必要なもの十のうち九が揃うという。
   ほどほどがよいから用十にしなかった。

  店主が病気で倒れて、都会にいた孫が戻ってきて、よろず屋を引き受ける。村の人たちの交流拠点でもあり、拠り所でもあるよろず屋を軸に、いろんな人の居場所が描かれてひきこまれます。
 刺さる言葉もいっぱいで、これから幾度も読み返しそう。
 
 いい漫画を教えてくださった燈日草さんに感謝!
 久しぶりに書店らしい書店に行けた気持ちでした。(コロナで本物の書店から遠ざかって書店ロスしていたので、よけいです)燈日草さんは、店舗をもたず、地域の拠点施設である元小学校(木造)の一室で、月に数日開店されています。

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