『パンに書かれた言葉』『アウシュヴィッツのお針子』

130 記憶と言葉と衣服の力

『パンに書かれた言葉』
                     朽木祥 小学館

 イタリア人の母、日本人の父をもつ少女が主人公。
 彼女には、名前が三つあります。
 光(ひかり)・S・エレオノーラ。名字は青木。
 エレオノーラの意味はイタリア語で「光」。
 ではSの意味は……。

 冒頭、東日本大震災が起こり、その春に家族でイタリア行きを予定していた光の家族でしたが、結局、光ひとりで向かうことになりました。

 イタリアの親戚たちは、みな光がきたことを歓迎し、震災の影響を心配する言葉をかけます。鎌倉に住んでいた光たちは、津波の影響は受けていませんでしたが、甚大な震災に傷つかなかった人はいません。

 心が落ち着かないものの、イタリアのおいしい食事や、母親がイタリアで暮らしていた時の部屋で休んでいるうちに、家の中を探検したくなってきました。

 探検で入ってみた小さな部屋で、写真とカチンカチンのパンを見つけます。

 写真にうつっていたのはパオロ。光の祖母にあたるノンナの兄でした。

 写真がきっかけで、ノンナから戦争の話を聞くことになりました。八十歳を超えているノンナの口から語られる戦争の話は、当時のパオロやノンナの友だちの視点で物語られます。

 光はノンナの話を聞きながら、イタリアでの戦争だけでなく、広島のことも考えはじめ、日本にいる父親とメールで気持ちをやりとりします。

 イタリアから日本に戻り、まだ震災でおちつかない中、夏休みを迎えますが、今度は父親の実家がある広島へ光はひとりで向かうことになります。両親ともに、仕事がいそがしく一緒に夏休みを過ごせないからです。

 そして今度は広島で祖父から戦争の話を聞くのです。春にイタリアの祖母から聞いた話を考えているうちに、今度は日本の広島の話を聞きたいと思うようになったからです。

 どちらの戦争の話にも言葉の力が語られます。

 「言葉の力を信じていたのよ。人の心を動かす言葉の力をね」
 ノンナが光にこう話ました。

 イタリアの戦争中にまかれたビラには、勇気づけるために書かれた詩もありました。
 日本でも、歌人が反戦の詩を書いています。

 中学三年の光は、祖母、祖父から聞く歴史を自分の頭で理解していきます。

 そして最後まで読むとタイトルの意味もわかるのです。

 翻訳小説では訳者あとがきが記されていることが多いなか、日本文学でのあとがきはそれほど多くありません。「思いをこめて書き上げた」本書では著者による伝えたい思いが書かれています。

 著者も広島出身、被爆二世。あとがきにはこうあります。
「ヒロシマの物語の登場人物は過去の亡霊ではありません。未来のあなたでも私でもあるのです」。

 言葉の力をあらためて実感する物語です。

 もう一冊紹介するのは、大人向けのノンフィクションですが、高校生くらい
からでも読めると思います。

 『アウシュヴィッツのお針子』
 ルーシー・アドリントン著  宇丹貴代実訳 河出書房新社

 著者はイギリスの服飾史研究家。長年にわたり服飾と社会のかかわりについて研究し、著述活動のための資料からアウシュヴィッツのファッションサロンの存在を知り、関係者へのインタビューと、膨大なアーカイブ資料から本書をまとめました。

 いままでも様々な切り口でアウシュヴィッツについて書かれてた本がでていますが、本書では衣服の力についてあらたな視点に気づかされました。

 ナチスといえば特徴的な制服をすぐさま思い出す人は多いでしょう。

「制服は、集団の誇りとアイデンティティーを強化するために衣服を利用する典型例だ。ナチスの経済政策や人種政策は、被服産業から儲けを得ること、略奪による利益で戦争行為の費用をまかなうことを狙って策定されていた」

 この考えはナチス上層部の女性も同様で、やはり衣服を重要視し、だからこそ、お針子が必要でした。

 小説ではないので登場する女性たちはみな実在したお針子たちです。
 絶滅収容所での彼女たちが無事生き延びられるのか、仕事をし続けられるのか。読んでいる間、死が常に隣り合わせにある緊張感にずっと肩に力を入れていました。

 訳者あとがきで書かれているこの一文には心の底から同感しました。

「ホロコーストのさまざまな側面で衣服が大きな役割を果たしていた事実をこうして突きつけられると、「衣食住」ということばにあるように、衣服は食物、住居と並んで生活の基本的な要素なのだとあらためて痛感させられます。」