『たぶん みんなは 知らないこと』『目で見ることばで話をさせて』

129 想像すること

『たぶん みんなは 知らないこと』
                     福田隆浩 講談社

たぶんみんなは知らないこと

 2007年に第48回講談社児童文学新人賞を『熱風』(現在は集英社文庫で刊行で受賞した福田さんの新刊です。

 重度の知的障がいのある小学5年生の女の子、すずの物語。

 作者福田さんは、特別支援学校教諭。作家としてたくさんの物語を書かれていますが、本職について物語にするのははじめてです。

 物語では、すずの心の声とともに、母親の気持ちは、すずの学校の先生と交わす連絡帳で、中学三年生のすずのお兄ちゃんはブログで自分の気持ちを綴ります。

 大きな展開をあえておかずに、淡々と学校生活や日常を描いているので、ページがすすむたびに、すず達家族の生活に読者もなじんできます。

 そんななか、小さなハプニングが起こります。
 バスにお兄ちゃんとすずが乗っているとき、すずが大きな声を出しはじめ、前に座っている人の髪の毛をひっぱってしまったのです。前の人はすずのことをなじり、お兄ちゃんは頭にきます。
 なぜすずがそういうことをしたのかは、すずの声で語られます。

 お兄ちゃんは、その人が発した言葉に頭にきています。
 その日は雨が降っていて、バスから降りたふたりは少し長く歩くことになるのですが、その歩いている時間がお兄ちゃんを落ち着かせ、いますることは、早く家に帰り着くことだと納得するのです。

 「妹が将来、人の役に立とうが立つまいがそんなことは関係ない。
 妹がこれから、たくさんの人の世話になっていくかなんてそんなことも関係ない。
 妹がこうやって、同じ世界に生きていることが自分にとっては大事なことなんだ。雨音をこわがったり、雨粒を手にうけて喜んだり、ときどき大声をあげたり、空を見あげたり、首をかしげたり、息をすいこんだり、そんなことすべてがおれにとってはとても大事で大切なことなんだ」

 いやな思いをしたことで、考えてたどりつくことに腑に落ちることがあります。いやなことはないにこしたことはないけれど、その「いや」がないとたどりつけないこと。それに気づくと、生きていくということは、いつも片面だけのできごとでは終わらないなと思うのです。

 複数の視点で重層的に語られているところから見えるものに感じ入り、最後にしめくくるすずの視点に、次の扉が開くのがみえてきます。
 「新しいぼうけん」の章でのラストシーンの後、ぜひ表紙を見返してください。

 もう一冊ご紹介する読み物はこちらです。

 『目で見ることばで話をさせて』
          横山和江 訳 アン・クレア・レゾット作 岩波書店

 表紙いっぱいに、主人公メアリーの表情が描かれ、彼女の目がこちらを見つめているのに吸い込まれそうになります。

 物語はメアリーの自伝として書かれたフィクションですが、一部史実も交え、舞台はろう者と聴者が、どちらも手話をつかって生活していた実在の島です。

 メアリーは兄と両親の4人暮らし。兄と母親は聴者、メアリーと父親はろう者です。文字だけで書かれている物語上では、手話での会話を〈 〉でくくり、声に出してする会話では「 」、手話と声両方でする会話は《 》でわかるようになっています。

 11歳のメアリーは物語をつくるのが好きな少女です。
 兄が馬車の事故で亡くなってから、心が重くなりがちになり、そんな時、島に若い科学者がやってきます。島に多く住むろう者のことを調べたいと思ってきたのが、アンドリューでした。

 島に新しい人がやってくることを心から楽しみにしていたメアリーですが、事態は恐ろしい展開をみせます。

 読んでいるのが苦しくなるほどの重たいできごとのなか、メアリーは必死に
生き延びるために物語を考え、自分をなぐさめます。

 そこでは今までの生活の中では味わったことのない、ろう者が人間以下の扱いを受けることを体感するのです。メアリーは祈ります。

 「ちがいのある人に対して、世の中の人がどのような扱いをするか、わたしはあまりに早く多くのことを学びました。あの人たちに対抗するためには、あの人たちの決まりごとを学ばなければなりません」

 メアリーは考え続け、行動し、道が開けていきます。

 考え続けてきたことをメアリーは父親に相談します。
 周りの友人たちが、自分たちと違う人に対して、劣っている態度をとるのはおかしいのではないかと。父親は答えます。

 「人を批判しないのが一番だ。まずは自分の内面を見つめなさい。最良の人間になるよう努力しなさい。メアリーが手本になれば、ほかの人はメアリーから影響を受けるだろう」

 最後に、物語をつくるのが好きなメアリーの言葉で印象に残ったものを紹介します。

 「ことばは大好きだけれど、混乱もする。頭の中で考えていることは、手話や文章だけでは表現しきれないから。頭の中のたくさんのイメージや心の動きは、耳で聞いたことはないけれど、音楽みたいなものかなと想像してみる」

 たしかに、頭の中で考えていることすべてを表現することは、私もできないなと思います。表現できないものを、文章にしてみることは難しい。けれど、難しいものを、まず想像してみるのは楽しそうです。